私は忘れ物とりに来たんだけど」
キョン「キョンって俺のことか?」
ハルヒ「は?あんた何言ってんの?」
キョン「どうも記憶喪失ってやつになっちまったみたいで…」
ハルヒ「それマジで言ってんの?私が誰なのかわからないの?」
キョン「いやあ、かわいい子だとは思うが、名前までは…」
ハルヒ「なっ、何言ってるのよ!わ、わかったわ。嘘ついてるようにはみえないし、
病院に行った方がいいわ。その前に家に連絡した方がいいかしら…」
キョン「すまん」
ハルヒ「でも何で…有希何か知らない?」
長門「・・・」
ハルヒ「まあいいわ。キョン、とりあえずここを出るわよ!」
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キョン「……ここは……」
みくる「良かったぁ……、もしキョンくんの目が覚めなかったら、あたし……」
キョン「……?お前ら……誰だ?」
みくる「あ……あたしのせいだ……ふ、ふぇえ」
長門「……記憶喪失」
キョン「え?」
長門「あなたは記憶を失った」
キョン「……ドッキリだろ?」
長門「真実」
ハルヒ「みくるちゃんとあたしを庇って、あんた達車に引かれちゃったのよ」
キョン「あんた達……?」
キョン「こいつもひかれたのか」
みくる「あたしがあの時飛び出さなかったら涼宮さんも危ない目に遭わなくて済んで、
キョンくんと古泉くんも……うぅっ……」
ハルヒ「あれは仕方なかったのよ……」
キョン「何が何だかサッパリだ、少し考える時間をくれよ」
ハルヒ「……あたし……帰る、みくるちゃん、行きましょ」
古泉「…………ぅ」
キョン(起きたか?)
古泉「……うぅん……」
キョン「よ、よう」
古泉「今何時……?」
キョン「いや、俺もわかんねーや」
古泉「うわ!あんた誰」
キョン「お前も記憶喪失かな」
古泉「何ここ……病院?」
キョン「俺達、なんか女子を庇ってひかれたらしい」
古泉「どんな子?」
キョン「栗毛でロングヘアで……」
古泉「知らないなぁ……」
古泉キャラ違いすぎwwww
キョン「なあ?」
古泉「ちょっと考えさせて」
キョン(俺の一番新しい記憶は授業終わって家に帰る時だな)
古泉(授業終わって、それから演劇部に……)
キョン「……今6時か……」
古泉「僕達やっぱり入院するのかな」
キョン「お前、名前は?」
古泉「……古泉一樹」
キョン「俺は――――、まあキョンでいいよ、とりあえず宜しく」
古泉「……変なあだ名だな、宜しく」
キョン「は、はい」
ナース「命に別状も(略)ですが、明後日まで二人とも入院です」
古泉「明後日まで……か」
キョン「どうしたもんかね」
古泉「やる事無いし何か話す?」
キョン「そうだな」
古泉「そうだよ、何組?」
キョン「俺5組だけど……お前は?」
古泉「僕9組」
キョン「9組って理系の特進じゃねーか!」
古泉「まあね……そうそう、僕5月に転校してきたんだよ」
キョン「へぇ、なんで?」
古泉「親の都合。いやぁ、案外兵庫も平和だよね、評判は悪いけど」
キョン「そうだな……」
古泉「お、記憶復活しそう?」
キョン「うーむ……やっぱ駄目だな……」
古泉「そっか……あ、でもなんか僕も知ってるような気がする、キョンの事」
キョン「知り合いだったのかもな……カチューシャ女とか知らね?」
古泉「今時カチューシャ?どんなの?」
キョン「なんか黄色でリボンつきの」
古泉「あー……2つついてるやつ?」
キョン「そうそう!」
古泉「……知ってる気はするんだけどなー……思い出せないや……」
キョン「うーん……謎だな……」
やっぱ寝る
ゆっくりと意識が覚醒していくのが分かる。遠く、いや近くか?とにかく何やら声が聞こえる。
やたらと叫んでいるようだが、その相手はもしや俺か?
今やそのくらい近くから聞こえる声に顔をしかめながらうっすらと目を開ける。
「キョン!!」
俺を覗き込んでいるのは同い年くらいの女子だった。肩で切ったボブと黄色いカチューシャのリボンが目の前で揺れる。ちょ、誰だかしらんが顔が近くないか?そうそう思う俺をよそに、相手はこっちを心底心配そうに見てくる。
「ちょっと返事しなさいよ!キョン、あんた大丈夫なの!?」
見知らぬ女子からほぼ馬乗りで、しかも至近距離で叫ばれる俺の身にもなってくれ。
「だ、大丈夫だ」
答えなければ離さないといった様子で叫ぶ相手に、俺はひとまずそう返事をした。実際のところ体のあちこちがやけに痛むし、とりわけ頭がズキズキと痛むのだが、そう言えない気迫が目の前の相手にはあった。
「よかった……!」
それまで危機迫る表情だった相手はそう言って相好を崩した。花が綻ぶようなその笑顔に俺は思わず目を見張る。
「あ、……っもう、心配させないでよ!ほら、立ちなさいよ。足は?痛くない?」
相手は恥ずかしそうに顔を反らすと、そう悪態をつくように言って先に立ち上がった。
「ああ……大丈夫だ。心配かけてすまん。……で、だな……」
俺は辺りを見回した。
どうやら階段の踊り場らしい。相手と自分の恰好からして学校であることは間違いないな。ただ残念なことに、それがどこなのかが分からない。見覚えのない学校の階段、その踊り場に、俺は見知らぬ女子生徒と立っていた。
「ここはどこだ?いや、学校ってのは分かるんだがな、どうも見覚えがないんだ」
目の前の女子生徒はあからさまに「はあ?あんた何言ってんのよ」という顔をした。まったくもって不思議なことだが、なぜか相手の言いそうな台詞まできちんと浮かんで来た。自分でも何を言ってるんだと思うだけに、我がことながら相手には同情を禁じえないが、事実は事実だ。
「ついでに言うと、あんた誰だ?」
目の前の女子生徒は、いよいよもって信じられないこの世ならざるものを見るような目で俺を見て来た。何だ何だ。俺は幽霊か。
「キョン……、ちょっと、冗談はやめなさいよ。つまんないわよ」
相手は一気に凍り付いた表情で、それでも何とか俺を笑い飛ばそうと顔を引き攣らせた。俺も冗談ならよかったんだがな。
「……ウソ、でしょ?」
相手の声が細かく震えたのが分かった。大きな瞳を見開いてこっちをじぃっと見つめてくる。
「あんた、あたしのこと忘れちゃったの?……SOS団のことも?みくるちゃんや、有希や、古泉くんのことも!?」
悲壮感の漂う声で言い募られる。その人名のどれにも心当たりはないな。そう言うと同時に、目の前の女子生徒に驚愕と失意の表情が浮かぶのが分かった。
「記憶喪失……?ウソでしょそんな……そんな訳」
うろたえたように相手は呟き、俯いたかと思うと今度はいきなり顔を上げた。
「いけないわ、いますぐ病院に行くわよ!キョンは頭を打ったの。階段から落ちて……ドジなんだから」
言うや否や俺の手を取って駆け出そうとする相手を俺は慌てて制した。
「待て!ちょっと待て。まずその前に、……あれだ。確認させてくれ」
「……何よ」
「まず名前を教えてくれ」
「あんたはキョンよ。あたしは涼宮ハルヒ。あんたとあたしは同じクラスで……で、あんたはあたしが結成したSOS団の団員」
……何やら妙なことになっているようだぞ。何だ、SOS団って。
「世界をおもしろくするための涼宮ハルヒの団よ!いいでしょ。当然あたしが団長なの」
スケールが大きすぎてどこからつっこんでいいものやら分からんようなことを、さも当然のように涼宮ハルヒは言い切った。
「団員はあんたを始め、5人よ!ああそうだわ。皆にも話さなくちゃいけないわね」
皆って誰だよ。
「キョン、あんたほんとに大丈夫?大丈夫なら今から皆のとこに連れてくけど」
大丈夫だ。とりあえず説明を先にしてくれ。
「……そうね。自分のことが分かんないって不便だし、不安よね。分かったわ、ついてきて」
涼宮ハルヒはそう言うと軽やかな足取りで階段を昇り、困惑しきりの俺を先導し始めたのだった。
古泉「……まあいいや、その内何とかなるでしょ」
キョン「だな、焦らなくてもじきに思い出すさ、日常生活に支障がある程忘れたわけじゃない」
〜中略〜
古泉「病院食あんまり美味しくなかったね……」
キョン「おかゆ味無しって……どうよ」
キョン「え?あー……帰宅部だな」
古泉「僕も帰宅部、んで演劇部行こうと昨日思ったんだけど……記憶が……」
キョン「俺も帰る時から記憶無いんだよな」
古泉「そう……。……ふぅ、なんか疲れたな」
キョン「無理もない、……にしても、本当病院って何もないよな」
古泉「ゲームしたいなぁ……」
キョン「どんなゲームやるんだ?」
古泉「ボードゲーム」
キョン「そりゃまた古いな……」
キョン「寝るか?」
古泉「でもさっきまで寝てたわけだし」
キョン「だよな、眠くないよな」
コンコン
古泉「はい」
ガチャ
長門「…………」
キョン「さっきの……」
古泉「え?知ってる人ですか?」
長門「……古泉一樹」
古泉「はい?」
長門「私とあなたは知り合い」
キョン「俺か?」
長門「そう、私達と先程の女生徒二人は同じ部活」
古泉「えーと……何部ですか?」
長門「SOS団」
キョン「……すまん、それは一体どういう……」
長門「世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの団、活動内容は、
宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶ事」
キョン「…………」
古泉「……あ、あの……」
長門「私は宇宙人、あなたは超能力者」
キョン「邪気眼遊びか……」
長門「違う。実際の事。涼宮ハルヒには願望を実現する能力がある。
今回あなた達が記憶を失ったのも何か理由があるはず。
涼宮ハルヒに何らかのアクションを検知させる必要がある」
キョン「待て、涼宮ハルヒって誰だ」
長門「黄色いカチューシャ」
キョン「俺も何となく解った気がするが……涼宮ハルヒが何を求めているのかわからんな」
長門「その鍵を見つけるのがあなた達の役割。……それじゃ」
キョン「お、おい、待てよ!」
キョン「……行っちまったよ」
古泉「超能力者って……どういうものかな」
キョン「さぁな……だが何故か信じられる気がする、多分実際、前にその事を知ってたんだろ」
古泉「確かに……物事を手際よく解決させる為……?」
キョン「だとしたら涼宮ハルヒは相当の実力者だろうな……」
古泉「でも鍵なんて言われてもどうしようもないような」
キョン「…………」
古泉「……まあ、なんか、でも結局全部忘れてるんだし……今の僕達じゃ……ねぇ?」
キョン「……そうだよな……機を待つしかないな」
古泉「……寝ようか」
キョン「そうだな、寝よう」
キョン「……ああ、そうか、病院……か」
古泉「…………」
キョン「7時か……あんな時間に寝たしな……」
キョン「おい、古泉、起きてるか?」
古泉「うぅ……、……ああ、キョン……おはよう」
キョン「おはようさん」
古泉「今何時かな?」
キョン「7時だけど……」
古泉「そっか……、……」
キョン「とりあえず起きておいた方が良いだろ、誰か来たら何か話しておきたいしな」
ナース「何か必要な物があったらいつでも呼んでください」
キョン「えっと……ボードゲームとか……ありませんよね」
ナース「あ、オセロならありますよ」
古泉「!」
キョン「じゃあ、宜しくお願いします」
古泉「なんか……嬉しいなぁ」
キョン「この位覚えてるって」
古泉「ところでご飯どうすんの?」
キョン「お粥だけはちょっとなぁ……残すわ」
古泉「……ふふっ」
キョン「理系ってやっぱりオセロも強いのか?」
古泉「まあやってみれば分かると思うよ」
キョン「弱い、弱すぎるぞお前」
古泉「やっぱりこうなるか……」
キョン「にしても、退院したらどうなるんだろうな」
古泉「どう、とは?」
キョン「いや……記憶戻るかなって」
古泉「戻ったら良いよね」
キョン「お前と俺同じ部活だっけ?」
古泉「そういえば……、どんなだったのかな、記憶無くす前は」
キョン「確かに気になるな、だがどうせこんなもんだろうよ」
古泉「もし険悪だったら嫌だな」
キョン「いやそれは無いだろ」
古泉「……なんか妙な感覚になりそうだな」
キョン「俺は既に混乱寸前だ」
私は忘れ物とりに来たんだけど」
キョン「キョンって俺のことか?」
ハルヒ「は?あんた何言ってんの?」
キョン「どうも記憶喪失ってやつになっちまったみたいで…」
ハルヒ「それマジで言ってんの?私が誰なのかわからないの?」
キョン「いやあ、かわいい子だとは思うが、名前までは…」
ハルヒ「なっ、何言ってるのよ!わ、わかったわ。嘘ついてるようにはみえないし、
病院に行った方がいいわ。その前に家に連絡した方がいいかしら…」
キョン「すまん」
ハルヒ「でも何で…有希何か知らない?」
長門「・・・」
ハルヒ「まあいいわ。キョン、とりあえずここを出るわよ!」
テクテクテクテク…
ハルヒ「ほんっとうに何も思い出せないの? もし冗談で言ってるなら死刑よ死刑」
キョン「物騒だな。でもホントなんだよ」
ハルヒ「だってついさっき、30分くらい前まで普通だったじゃない。いったいその間に何があったっていうのよ」
キョン「さあ・・・なにせ何も覚えてないからな」
ハルヒ「あんたねぇ・・・」
キョン「まず、俺とあんた達はいったいどういう関係なんだ? それを教えてほしいんだが」
ハルヒ「〜〜ッ!!」
長門「・・・・」
どうやら俺はキョンという名前(なんだそりゃ)で、北高という高校の生徒であること。
そして、世界をおおいに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、通称SOS団のヒラ団員であるということ。
そこは何度も繰り返して教えられた。どうやら重要なポイントらしい。そうは思えないが。
ハルヒ「しかし本当に記憶喪失なんてあるのね・・・おもしろいといえばおもしろいけど、さすがに困ったわね」
キョン「まったくだ」
ハルヒ「あんた自分のことなんだから少しは焦りなさいよ!」
キョン「とは言ってもな・・・」
ハルヒ「まったく三日間ぶっつつげで寝っぱなしにはなるわ、記憶喪失にはなるわ、ホントに迷惑なヒラ団員ね!」
キョン「そんなこともあったのか。すまんな」
長門「・・・・」
医者「記憶喪失だって?」
キョン「はあ」
医者「何にも覚えてないの?」
キョン「ええ、まあ」
医者「ふむ・・・」
少し困ったように腕を組んだ後も医者は質問を続けてきたが、そのほとんどに俺は答えることができなかった。
30分ほど同じ問答の繰り返しをして、結局何の解決策も見つからないまま俺は医者の元から解放かれた。
ハルヒ「どうだった?」
む、二人ともわざわざ待っててくれたのか。口は悪いけどいいヤツなんだな。
ハルヒ「そう・・・」
長門「・・・・」
キョン「まあ、なんだ。きっとなんとかなるんじゃないか?」
ハルヒ「軽いわねー・・・ちょっとくらい困った素振りしたらどう?」
キョン「だって実際特に困ってないしなー」
ハルヒ「もう・・・」
キョン「そういえば」
キョン「二人とも、まだ名前を聞いてなかったな。教えてくれないか」
ハルヒ「・・・・」
長門「・・・長門有希」
ハルヒ「あ、あたしは・・・涼宮ハルヒよ。名誉あるSOS団の団長なんだから」
キョン「あ、なるほど。あんたが涼宮ハルヒだからそれでSOS団なのか。いったいの何のことかと思ったぜ」
キョン「よろしくな。涼宮さん。長門さん」
ハルヒ「ハルヒでいいわよ」
長門「有希でいい・・・」
ハルヒ「!?」
なかなかいい家じゃないか。
キョン「じゃ、ありがとな二人とも。本当に助かったよ」
ハルヒ「別にいいわよ・・・団員を助けるのは団長の仕事だしね」
キョン「そうか」
ハルヒ「それよりいい!? 今日一日ぐっすり寝て、明日までには記憶を戻しておきなさい! 命令よ!」
無茶言ってくれるなこいつは。それができるなら俺だってそうしたいさ。
キョン「ま、努力はしてみるよ。それじゃあな」
二人はポカンと口を開けて聞いていたが、病院で今のところ打つ手はないと言われたことを教えると、
急に慌てたように心配しだした。
キョン「別に生活に支障があるわけでもないから、多分大丈夫ですよ」
キョン「疲れたんで、今日はもう寝ます」
妹「キョンくん〜・・・」
ん、なんだこの子は。もしかして妹か?
随分かわいいじゃないか。さっき鏡見たけど全然俺に似てないな。
キョン「大丈夫だよ。明日になりゃ全部戻ってるかもしれん」
記憶喪失か・・・まさか本当にそんなもんがあるとはな。しかも自分の身に降りかかってくるとは。
しかしどうにも他人事のような気分が抜けないな。実際俺自身全然焦ってないし。
ま、きっとそのうち戻るだろ。
疲れたから今は寝よう。
・・・深い海に落ちていくような感覚が襲ってくる。
その時、ふいに枕元に置いておいた携帯電話が鳴った。
キョン「・・・なんだ、こんな時間に・・・」
手に取って着信の画面を見ると、そこには「長門 有希」という文字が映し出されていた。
ピッ
キョン「もしもし」
長門「・・・もしもし」
キョン「長門さん・・・か・・・? どうしたんだいったい」
長門「話したいことがある」
まったく・・・いったいなんだってんだ。12時だぞ12時。
なんて常識はずれな子だ。
しぶしぶ上着を羽織り制服のまま家を出で、庭に置いてあった自転車にまたがった。
俺のだよなコレ。
外はまだ寒い。吐きだした息がわずかに白ずむ。
指示された公園には10分ほどで着いた。
中を覗くとさきほどまで一緒にいた少女が、俺と同じく制服のままでベンチに座っていた。
長門「・・・・平気」
キョン「そんな格好で寒くないか?」
長門「少し寒い・・・」
ならなんか着てくればいいのに・・・
さっきから思っていたが、本当にちょっとかわった子だな。
そう思っていたら長門さんは無言でスタスタと歩きだした。
キョン「お、おいどこ行くんだ?」
長門「私の家・・・」
キョン「え?」
長門「ついてきて」
ガチャリ
長門「・・・入って」
キョン「あ、ああ・・・」
・・・
なんだ? なんなんだ。
普通、こんな夜中に男を自分の家に呼んだりするか?
話したいことってなんだ。いったい何が始まろうというんだ?
コポコポコポ…
長門「飲んで」
キョン「・・・」
ズズッ
少しばかり殺風景なのが気になるといえば気になるが。
キョン「そういえば、親は?」
長門「・・・両親は外国・・・」
キョン「外国。じゃあ長門さんはこの家に一人で住んでるのか・・・へえー」
長門「有希」
キョン「え?」
長門「記憶を失う前のあなたは私のことをそう呼んでいた」
キョン「あ・・・そうなのか・・・」
長門「呼んで」
キョン「え・・・」
長門「そう」
キョン「えーっと・・・じゃ、じゃあ」
キョン「有希」
長門「・・・・」
・・・あいかわらずの無表情だが、嬉しそう、というか満足しているように見える。
俺とこの人はいったいどういう関係だったのだろう。
キョン「あー・・・それでだな、有希さん」
長門「・・・・」
長門「重要なこと」
キョン「うむ」
長門「さっきは涼宮ハルヒが近くにいたから言えなかった」
キョン「うん」
長門「あなたと私は、現在交際中の関係にある」
キョン「・・・・」
キョン「うえっ!?」
長門「マジ」
キョン「・・・そ、そうだったのか・・・」
長門「・・・しかし、涼宮ハルヒをはじめあなたが所属しているSOS団の面々には」
長門「そのことは秘密にする、ということになっている」
長門「なので今日中にあなたに伝えておきたかった」
キョン「・・・」
まさか、自分に付き合ってる女の子いようとは。
これは喜ぶべきことなんだろうか?
キョン「・・・・」
実際よく見たら、この有希という子はすごくかわいい。胸はないが。
少し変わっているところもあるが、別に悪い子じゃなさそうだし。
でもなぜだろう。今の俺にはとても素直に喜ぶことはできない。むしろ逆に困った気分だ。
長門「思いだした?」
キョン「いや・・・思い出せはしないけど・・・」
キョン「でも、わかったよ。俺と有希はさんは付き合っていたんだな。それはわかった」
キョン「ごめんな。こんな大切なことまで忘れちまって」
長門「構わない。あなたの責任ではない」
キョン「ん・・・・」
長門「・・・・」
キョン「・・・で」
長門「?」
キョン「その・・・今から・・・やっぱり何かした方がいいのかな・・・」
長門「したい?」
キョン「え・・・あ、いや・・・」
自分がどんな人間だったか覚えていないので、この後どんな行動をとっていいのかわからない。
でも、こんな夜中に俺を家に呼びだしたということは、この子はそういうつもりなんだろうか・・・
長門「私は別に構わない」
キョン「・・・!」
や、やっぱりそうなのか。
そりゃ記憶を無くしてはいるが俺だって男だ。何してもいいっていうならそりゃしたい。
しかし・・・
長門「?」
キョン「なんか・・・悪いけど・・・今はそういうことする気分にはなれない。本当にスマン」
長門「・・・・」
長門「そう」
そう言った有希さんは、心なしか残念そうだった。
長門「あなたがそう言うなら構わない。これからいつでもできる」
キョン「うん・・・そうだな」
手が早いwww
記憶喪失の恋愛事情の展開って早い者勝ちだよなw
キョン「じゃ、また明日学校でな」
長門「また・・・」
キコキコ…
キョン「・・・ふう」
今まで深く悩んではいなかったが、やはり記憶を無くすということはどうにもいろいろと大変なことらしい。
さっさと治さないといけないな。このままじゃいろんな人に迷惑をかけちまう。
せめてこうなった原因がわかりさえれば・・・
とりあえず、今だけは何も考えずに眠りたかった。
翌日。
もしかしたら、と考えていたが、やはり朝になって目が覚めても俺の頭は何も思い出してはくれなかった。
くそ・・・いったいどうすりゃいいってんだ。
キョン「なあおい・・・どうすりゃいいと思う?」
シャミ「知らん」
キョン「!!?」
シャミ「ミャー」
・・・
今、一瞬この猫しゃべったような・・・
やばい。幻聴まで聞こえるようになっちまったらお手上げだぞ。
昨日帰る時は下りだったから気付かなかったが、あの坂、あんなにきついとは。
これからあと二年間毎日あそこを登らなきゃいけないと思うと、ぞっとするな。
谷口「ようキョン! 元気か! あいかわらずしけたツラしてんな!」
む、なんだこの失礼な野郎は。いきなり。
キョン「すまん、あんた誰だ」
谷口「な、何ぃ?」
谷口「おいおいその歳にしてすでに健忘症かよ! 早すぎるだろ!」
キョン「いや、実はだな・・・」
国木田「おはよー二人とも」
どうやらこの谷口と国木田ってヤツは俺の友達らしい。特に国木田の方は中学時代からの腐れ縁だとか。
かわいい顔してるなこいつ。
キョン「と、まぁそういうわけなんだ」
国木田「へー、記憶喪失ねぇ・・・」
谷口「おまえ本当に変わってるな。記憶喪失になるヤツなんかいねーぞ普通」
キョン「? 俺は変わってるヤツなのか?」
谷口「あー変わってるよ。人のうんこ食いたがったりよぉ」
キョン「何!?」
国木田「谷口、嘘教えないように」
キョン「まーな。・・・でも治せるもんならさっさと治したいね。あたり前だけど」
国木田「SOS団のことも忘れちゃったの?」
キョン「あー、そのなんとか団のことなんだが・・・」
みくる「キョン君!」
キョン「!?」
いきなり後ろのドアを開けて、目を見張るような美少女が教室に入ってきた。
な・・・なんだこの人は! ものっすごいかわいいぞ。
キョン「は、はあ・・・」
俺を知ってる・・・ってことはこの人も俺の友達かなんかなのか。
美人の知り合い多くないか? 俺。
ハルヒ「あんた、やっぱりまだ治ってないの?」
さらに後ろから、昨日俺を病院まで連れて行ってくれた・・・そう、涼宮さんが入ってきた。この子もかわいいよな。
あともう一人、なんか笑顔がサワヤカな男もついでにいる。なんでだろう。なんかこいつムカツクぞ。
古泉「記憶喪失ですか・・・あなたも困った人ですね」
キョン「なんだよあんたは」
なんか本当に悲しそうだ。
ハルヒ「今ここにいる3人はね、みんなあんたと同じSOS団の団員よ!」
キョン「この人たちもSOS団なのか」
みくる「そうですよぅ」
話を聞くと、どうやらこの恐ろしくかわいい・・・そして巨乳の方が、朝比奈みくるさん。
そして後ろにいた男が古泉というらしい。
むう、古泉とかいうヤツはどうでもいいとして。
いいじゃないか。SOS団。
キョン「そう言われてもなぁ」
キーンコーンカーンコーン
みくる「あ・・・予鈴。あたし達も戻らないと」
古泉「そうですね・・・おっとその前に、少々失礼をば」
キョン「な、なんだよ」
古泉「ふむ・・・頭には特に外傷はないようですね。失礼しました。それではまた」
みくる「キョン君・・・元気出してくださいね・・・」
そう言って二人は教室から出て行った。
古泉「どう思います?」
みくる「は、はあ。何がですか?」
古泉「彼の記憶喪失のことです」
みくる「どう思う、と言われましても・・・」
古泉「頭に衝撃を受けたような様子もなかった。しかしその割には突然すぎる」
みくる「はあ」
古泉「涼宮さんの話によれば、彼は昨日、僕たちが解散した後、なぜか部室に残っていたそうです。
そして横には長門さんがいた」
みくる「???」
古泉「・・・・」
キーンコーンカーンコーン
四時間分の授業が終わり、ようやく昼休みに入った。
不思議だったのが、なぜか授業で勉強したことなんかは、朧気にだけど覚えているってことだ。いったいどういう記憶喪失なんだろう。
ま、その朧気ってのは、単純に俺の頭が悪かったからなのかもしれないが。
谷口の話によると俺は赤点の常習犯だったらしいからな。
キョン「ふあ〜・・・」
チョイチョイ
キョン「ん・・・おわっ!」
長門「・・・」
キョン「なが・・・いや、有希さん・・・」
本当にちょっとずつだからID:rfGUtfRd0には続けてほしい
恐ろしき長門www
>>55
古泉「超能力特番の再放送かぁ」
キョン「お前の超能力もこんなもんなのかね」
古泉「案外スプーンとか曲げれたりして!」
キョン「お、丁度スプーンあるしやってみるか?」
古泉「貸して、……」
キョン「…………」
古泉「曲がんない……」
キョン「そりゃそうだろ……」
キョン「え?」
長門「今はそう呼んではダメ。他の人に私たちの関係を気付かれる恐れがある。なので、ここでは長門と呼んでほしい」
キョン「あ、うん・・・わかった」
長門「・・・二人きりの時は、有希と呼んでほしい」
キョン「・・・・」
長門「お弁当を作ってきた」
キョン「お弁当?」
長門「コクリ」
長門「いっしょに食べる」
キョン「そ・・・そうだな。そうするか」
キョン「でも、付き合ってるのバレたらまずいんだろ? いっしょに食ってるの見られたらまずくないか」
長門「平気」
長門「この前いい場所を見つけた。ついてきて」
古泉「もういいや、超能力とか絶対無理」
キョン「あれじゃね?記憶喪失とかいう話もドッキリじゃね?」
古泉「でも確かに記憶無いような気もするし……」
キョン「それはあるな……」
〜中略〜
キョン「岡部のやつどう考えてもおかしいだろ」
古泉「ふふふっ、確かにあの先生ならやりそうだ」
キョン「はは……、ああ、もう3時半か」
古泉「もう授業終わる頃だね」
キョン「結局今日は話してばっかだったな」
古泉「明日で退院かぁ……なんかちょっと名残惜しいかも」
キョン「課題がないからか?」
古泉「いや、まあ特進だしそれもあるけど……、……ふぁ」
キョン「眠いか?」
古泉「……寝る、「6時には起こして……、んじゃ」
キョン「……寝つくのはえーな」
>>116
多分俺はまたすぐ途切れるから続きよろ
ガチャン
長門「ここなら誰にも見られることはない」
キョン「へー、屋上かぁ。いい眺めだなーここ。高い場所にあるだけあるな」
長門「座って」
キョン「ん」
パカッ
キョン「おお、長門さんの手作り弁当か。すごいな。うまそうだ」
長門「あーん」
キョン「!?」
キョン「・・・」
こ、これは・・・
な、なんという照れ臭いシチュエーション。断固拒否したいところだが・・・
けど、きっと記憶を失う前の俺には、これが普通だったんだろうな。
長門さんを悲しませるわけにもいかない。ここは素直に従うか。
パク
キョン「モグモグモグ…」
長門「・・・おいしい?」
キョン「うん。うまい。絶品だ」
長門「そう」
キョン「ふぅ……、……暇だな……」
コンコン
キョン「はい」
ガチャ
ハルヒ「キョン、元気?」
みくる「こんにちはぁ」
長門「…………」
キョン「昨日の……」
ハルヒ「体痛くなったりしてない?」
キョン「まあ……大丈夫だけど」
ハルヒ「やっぱりあたしの事思い出せてないみたいね、……古泉君は?」
キョン「寝てるよ」
ハルヒ「まさか昨日から寝っぱなしなんて事ないわよね?」
キョン「いや、さっきまでは起きてたんだが……眠かったらしい」
途切れる/(^o^)\
ハルヒ「あれ? ねえ、キョン知らない?」
国木田「いや? 僕たちも見てないけど」
谷口「トイレでも行ってんじゃねーのか」
ハルヒ「あ、そ・・・」
ハルヒ「・・・」
ハルヒ「・・・何よ・・・せっかく元気出させてあげようと思ってお弁当作ってあげてきたのに・・・」
ハルヒ「いいわよ全部一人で食べるから」
ランチタイムを終えて授業開始ギリギリの時間に自分の教室に戻ると、なぜか後ろの涼宮さんにとんでもなく不機嫌な目つきで睨まれた。
なんだいったい。
ハルヒ「あんた、どこいってたのよ」
キョン「俺? あー、なが・・・」
やばい。秘密なんだった。
キョン「・・・ちょっと考え事したくてな。中庭で一人でパン食ってたよ」
ハルヒ「あーそう。ふーん」
キョン「なんだよ」
ハルヒ「うるさい馬鹿」
・・・なんだってんだよ。俺なんか悪いことしたか。
キョン「お、おい。どこに行くんだ」
ハルヒ「部活よ! 決まってんでしょ!」
例のSOS団とやらか。
ハルヒ「緊急会議よ。絶対に意地でもあたしのこと思い出させてやるんだから」
キョン「あたしのこと?」
ハルヒ「・・・! あたしたちよ、あたしたち!」
バンッ!
ハルヒ「緊急会議をはじめます」
ハルヒ「みんなもう知っての通り、この馬鹿キョンがなんと記憶をなくしてしまいました」
ハルヒ「今までのSOS団の活動のことも! そんなことは断固許さないわ!」
キョン「・・・・」
ハルヒ「そこで!」
ハルヒ「いったいどうやったらこいつの記憶が戻るかどうか、みんなで考えてちょうだい!」
ハルヒ「何かいい案が出たら即実践するわ!」
なんか微妙に怖いこと言ってやがるな、こいつ。
みくる「ふえ〜・・・」
長門「・・・」
ハルヒ「あたしはもう一つ考えてあるわ」
キョン「ほう」
ハルヒ「記憶を失った時と同様に頭に強い衝撃を与えるってのは、基本的だけどやっぱり一度はやっておかないとね」
キョン「ちょ、ちょっと待て!」
ハルヒ「はい、せーのっ!!」
ハルヒ「なによ、いっくじなしね〜」
キョン「それにな、俺、頭に衝撃受けた覚えなんて一つもないぞ。古泉もさっき言ってたろ」
古泉「そうですね。彼の頭にそれらしい外傷はありませんでした」
ハルヒ「何よつまんない」
キョン「・・・もうちょっとマシなこと考えてくれよ・・・」
古泉「やはり、あなたがなぜ記憶を失ってしまったのか、その原因を突き止めるのが最初にするべきことなのではないでしょうか」
そうだ。古泉とやら、いいこと言うな。
キョン「む・・・ああ。気が付いたらここに立ってたんだ。それ以前のことは何一つ覚えてない」
古泉「長門さん」
古泉「あなたは、涼宮さんが戻ってきた時、彼といっしょにこの場にいたんですよね?」
長門「・・・・」
長門「いた」
古泉「あなたは何か見てないんですか」
古泉「・・・・」
長門「何も見ていない」
古泉「そうですか。では質問を変えます」
古泉「僕たちが解散したあと、あなたはなぜこの部室に戻ってきたんですか?」
長門「・・・・」
キョン「???」
ハルヒ「???」
みくる「???」
長門「カーディガンをここに置き忘れた。なので、取りに戻った。すると彼がそこに立っていた」
長門「それ以前に彼に何があったのかは、私も見ていない」
古泉「・・・・」
古泉「・・・そうですか」
ハルヒ「な、なんかよくわかんないけど、結局私たちが解散したあと、キョンは一人でここに戻ってきて、
そしてその空白の30分程度の間に何かがあったってことね」
古泉「そういうことになりますね」
しかし部活と名乗っているくせに、顧問もいないしまともに活動もしてもいないようだが、いいのかねこれ?
ハルヒ「・・・あ、もうこんな時間じゃない。しょうがないわ。今日はもう解散!」
キョン「ふう・・・」
ハルヒ「キョン! あんたはあたしといっしょに帰るわよ!」
キョン「え、な、なんで!?」
ハルヒ「あんた一応重度の記憶喪失者なのよ!? 何かあったら困るじゃない。家まで送るわよ!」
キョン「ちょ・・・」
涼宮・・・いや、ハルヒに腕を引っ張られて部室を出る寸前、有希の顔を見た。
どこか寂しそうな顔をしている・・・ような気がする。
しかたないな。後で謝っておこう。
長門「・・・・」
長門「帰る」
古泉「あ、長門さん。それと朝比奈さんも。少しお話があります」
みくる「は、はい?」
長門「・・・なに?」
古泉「いえ・・・今の彼に涼宮さんの能力のことや、僕たちの正体も教えておいた方がいいのか、意見を聞いておきたいのです」
みくる「ああ・・・」
長門「・・・・」
古泉「? なぜです」
長門「今の彼に余計な情報を与えれば、さらに記憶の混乱を招く恐れがある」
古泉「ふむ・・・」
長門「・・・今、考えるべきは涼宮ハルヒのことより彼のこと」
古泉「・・・なるほど」
長門「帰る」
古泉「はい。ありがとうございました」
みくる「さ、さよぉならぁ〜・・・」
トボトボトボ…
ハルヒ「・・・・」
キョン「・・・・」
キョン「・・・どうしたんだ? 急にしおらしくなったな。さっきまではあんなに元気だったのに」
ハルヒ「・・・! べ、別に何でもないわよっ・・・!」
キョン「そうか・・・」
ハルヒ「・・・・」
キョン「ん?」
ハルヒ「・・・・」
ハルヒ「・・・ホントに忘れちゃったの?」
キョン「・・・え?」
ハルヒ「・・・だって・・・」
ハルヒ「だってだって! あたし達SOS団じゃない! いろんなことやったじゃない! いろんな場所いったじゃない!」
ハルヒ「映画だって撮った! 合宿だって行った! 野球もした!」
ハルヒ「・・・ホントに・・・あんなに楽しかったじゃない・・・」
キョン「・・・・」
ハルヒ「それなのに・・・全部・・・忘れちゃうなんて・・・」
ハルヒ「・・・あんまりよ・・・」
キョン「・・・ハルヒ・・・」
ズズッ
ハルヒ「・・・・」
ハルヒ「・・・ごめん」
ハルヒ「本当にごめん。これはあんたのせいじゃないもんね。それなのにあたし勝手に怒って・・・」
ハルヒ「・・・ごめん・・・でも・・・」
ハルヒ「・・・なんか悔しくて・・・」
・・・その後。
俺はハルヒに、結局何も言ってやることができなかった。
そのまま、無言のまま、俺たちは同じ歩幅で歩き続けた。
ハルヒ「・・・じゃ」
ハルヒ「あたし、こっちだから」
キョン「ああ」
ハルヒ「ここまで来れば、もう一人で帰れるでしょ」
キョン「ああ。ありがとなわざわざ」
キョン「ん、じゃ・・・」
ハルヒ「あ、ねえキョン・・・」
ハルヒ「さっきは本当に・・・ごめんね・・・」
キョン「いいって。そんな謝るなんておまえらしくないぞ」
ハルヒ「・・・・」
ハルヒ「・・・それもそうね。それじゃ」
キョン「おう」
キョン「・・・あれ?」
ふっと、自然にアイツの表情が浮かんだような・・・
そうだよ。それじゃなきゃ、おまえらしくないなんて言えるはずもない。
キョン「記憶、戻りかけてるのかも・・・」
まるで出口のない暗闇の中を手探り歩いているような感覚だったが。
あいつの言葉が、少しだけ光を照らしてくれたみたいだ。
まだまだ完全に思い出すには時間がかかりそうだが。
キョン「ありがとな、団長さん」
着信画面には「長門 有希」。
なんだろう。また何か用だろうか。
それにしても夜中に電話かけるのが好きな子だな。
ピッ
キョン「もしもし」
長門「・・・もしもし」
キョン「おー、えっと、有希。どうした?」
長門「・・・・」
長門「・・・別にいい。あなたのせいじゃない」
キョン「ん」
長門「・・・それより」
長門「明日は休日」
キョン「え?」
長門「明日は休日」
長門「・・・・」
・・・なんだろう。
つまりこれは、明日どっか連れてって、ってことか?
キョン「あー、・・・有希」
長門「・・・・」
キョン「明日、どっか遊びに行こうか」
長門「そう」
やっぱりそうだったのか・・・
長門「どこでも・・・」
キョン「有希が行きたい場所でいいぞ。やっぱり図書館か?」
長門「・・・・どうして」
キョン「ん?」
長門「どうして覚えているの?」
キョン「あ・・・」
なんで俺、有希が図書館が好きだなんてことを知っている?
長門「・・・・」
キョン「ははは・・・何かよくわからんけど、少しずつ記憶、戻ってきてるのかもしれん。
さっきも同じようなことあったしな」
長門「・・・そう」
あれ? おかしいな。喜ぶと思ったのに、逆になんか落ち込んだ?
キョン「まあ、そのことはいいよ。とりあえず明日は図書館でいいか?」
長門「・・・いい」
キョン「ん」
というわけで、明日のデートは図書館で、ということに決まった。
デートとして行くにはちょっと変な場所だとは思うが、まあ有希が好きだというならいくらでも付き合うさ。
そうと決まればさっさと寝なくちゃな。明日は早い。
妹「キョンくん、どお〜?」
キョン「ん、なにがだ」
妹「ちょっとは思い出した?」
キョン「いやー、すまんな妹よ。今のところまだ何も思い出せていないんだ」
妹「そっかぁ。でも今も前もキョン君あんまり変わってないから、そんなに無理しなくていいよ〜」
さりげなくちょっとひどいこと言ってくれるなこの妹は。
ライトアップされていた周りの風景が一瞬にして暗くなる。
息が苦しい。息をしようと口をあけると何か液体が入ってきた。水中?
頭上に微かな光。
手を懸命に動かし、真っ暗な海の底からやっとのことで海面から顔を出すことができた。
と同時に目が覚めた。
夢か…
体を起こす。
ん?ここはどこだ?
「キョンくん。ご飯〜」
そういいながら女の子が入ってきた。
女の子は驚いたような目で俺を見つめ、
「お母さ〜ん。キョンくんがへ〜ん。もう起きてる」
とすぐに出て行ってしまった。
キョン…それが俺の名前?今気づいた。名前も分からない。
寝起きで頭が回転していないのだろうか。頬を何度か叩くが、全く思い出せない。
なんで?
頭を『記憶喪失』という言葉がよぎるが
んなこたない、ととりあえずは成り行きにまかせて振舞うことにした。
ボケが来るには早すぎる。すぐに思い出すだろ。
なぜこんなに素直に受け入れることができたのかわからなかったが、
後になって考えれば、記憶喪失と同じくらいひどい状況を
何度も潜り抜けてきたから、かもしれないと思う。
…さてどっちだ?どっちに行けばいい?
そう思っていると、タクシーが家の前に止まった。
反対側のドアから俺と同じ制服を着た男が出てきた。
「奇遇ですね。よかったら乗っていきませんか?」
なんてタイミングの良さだ、と不思議に思うが、
今の俺の状況からしてこの提案を断る理由はない。
タクシーの中で、そいつは良くしゃべった。
学校のこと、特に部活についてよくしゃべっていた。
俺はというと、何も思い出せないので、相槌を打つだけだ。
…『SOS団』?
なにやら『世界をおおいに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』らしい。
なんだそりゃ?何で俺はそんなわけのわからん部活に入っている?
正常な精神の持ち主なら笑い飛ばしていただろうが、
何せ今俺は正常ではない。
かくいうこいつだって、そんなわけ分からん部活に入っているんだから
気がしれん。
『SOS団』というおかしな部活について聞かされたが、
それ以外の情報は今の俺にとって天の恵みだ。
よくしゃべる奴で、時々顔を近づけてきたのは気持ち悪かったが…
そういえば、あいつの名前を聞かなかったな。
ま、放課後になれば分かるか…って俺はこんな状況でも部活に行く気なのか。
そうだよな…
せめて今日ぐらい休みをもらったって文句は言われないだろ?
「何で!どうして休むの!?
あんたはSOS団団員のその一なのよ。その自覚はあるの?
それにSOS団は年中無休。一人でも欠けることを許さないんだから。
休んだ分は休日の探索でのおごりについて回ってくるわよ。
それでもいいって言うなら、さぁ私に理由を説明してみなさいよ」
ちょっと待て。どうして俺はこんなに怒鳴られている。
窓際最後列に黄色いリボンをした女の子が座っていた。
窓の外を見ていた女の子は、ガラスに映る俺の姿に気づくと
「遅い」
と口を尖らせながら言った。
かわいい。ものすごく美人だ。
髪の毛は肩までの長さだろうが、後ろで一つにまとめている。
そして、自分がSOS団に入ったのはこのせいだ、と確信した。
こんな美人が部長をやっている部活。
休むのを取り消したくなったが、高校生活は長い。
今日くらい休んでも先はある。
そう思い、話しかけたのだが…
なんでもないです。行きます。
意味もなく敬語になるが、誰だってそうなるだろ?
「当たり前よ。休むなんて許さないんだから」
…前言撤回。なぜ入ってしまったんだろう…
もう放課後になってしまった。
結局何も思い出せずじまいか。
「キョン。先に言ってて。私掃除当番だから」
了解です。
昼休みには、来ないと死刑、とまで言われた。
死刑は嫌だし、明日以降後ろから変なオーラを出されていても困る。
仕方なく部室へと足を運ぶ。
言われた部屋に着くと『SOS団』と書かれた紙が
ドアの上に張られている。
反対側から見ると『文芸部』の鏡文字。
ドアをノックすると、は〜い、というかわいらしい声が中からした。ノブを回す。
そこには、かわいらしい女の子がメイドの服装をしていた。
ホワイ!なぜ!
今一度ドアの文字を見るが『SOS団』と書かれている。
何をやっている部活なんだ。
その女の子は、不思議な顔をしていたが、やがて
「あ、そっか。キョンくん、ごめんなさい。」
とお盆を持ちながら頭を下げた。
何が?と聞こうかと思ったとき、
「おやおや、みなさんおそろいですね」
と声がした。朝のにやけ面だ。
二人しかいないのに何がおそろいなものか。
にやけ面は俺の脇をとおり本棚の前のいすに座る。
そこで気がついた。
今まで全くといっていいほど気づかなかったが、部屋の隅に女の子がもう一人座っている。
読書中らしくほとんど動かない。
「さぁこちらへ掛けてください。涼宮さんが来る前に説明しなくてはいけませんから」
何を言っているのか分からなかったが、とりあえずは言われたとおりにする。
メイド服の女の子も俺の隣に座る。
僕は古泉一樹です。はじめまして」
ちょっとまて。俺たちは初めましてじゃないはずだろ。
「そうですが。今のあなたにとっては『はじめまして』がふさわしいと思いまして」
どういうことだ。
「手っ取り早く済ませましょう。記憶がないのですよね」
…なぜ知っている。というより、まだ決まったわけじゃない。
「その話も後にします」
と手を俺の隣の女の子に向ける。
「あ…あの、初め…やっぱ変ですよね。こんにちは。 朝比奈みくるです。」
と最高の笑顔で応えてくれる。
メイド服姿というのもまた愛らしい。
「そして最後に」
と古泉一樹が読書娘に顔を向ける。
「………長門有希」
言葉を発するときのみ顔を上げたが、またすぐに本へ視線を戻した。
「名前だけ知っていれば、まぁ大丈夫でしょう。
あ、くれぐれも涼宮さんには内密に」
と人差し指を口に当てた。気色悪い。朝比奈さんなら許せるが、お前がやるな。
なぜ?と聞く前に、ドアが勢いよく開き本人が入ってきた。
「さぁ今日も張り切っていきましょう!」
と聞かれても納得させられるような回答はできない。
俺は古泉とボードゲーム。
涼宮さんは、パソコンをいじっていた。
たまに朝比奈さんにちょっかいを出していた時は
素直に俺も混ざりたいと思った。
朝比奈さんは、勉強。明日小テストがあるらしい。
長門さんはずっと読書。
俺の記憶にも『俺を探さないで何やっていた!』と怒られそうだ。
涼宮さん以外の人間は俺の状態を分かっているようだが、
涼宮さんは気づいていない。
今日一日、ばれないように過ごすために涼宮さんには気を使った。
…かと言えばそうでもない。機嫌が悪いのか全く話さなかったからな。
古泉とボードゲームをやりながら、明日は病院に行こうと思った。
日も沈み、下校時間が近くなり、
涼宮さんが「帰る」と支度をし始めると揃って帰り支度を始めた。
お前ら、何しにここへ来ている。
帰り道も特に何もなく、今の俺にとっては『初めての道』を歩いた。
朝比奈さんとの別れ際に
「7時に光陽園駅前公園で」
と耳元で言われたときには、にやけた顔を出さないように努力した。
俺もなかなか素敵な人生送ってたじゃないか。
やっべ寂しくなってきたwww誰かいたら辞めろとでもいいから罵ってほしいんだがwwww
………
………
………
信じられない話の連続だ。
言葉を挟む間なく一気にまくしたてる長門さん。
それについて、一切、古泉と朝比奈さんは口を出さない。
口を出さないからといって、本当のことを言っているとは限らない。
3人とも電波な可能性もあるからな。
長門さんと古泉はいいとしよう。だが、朝比奈さんのことは…残念だった。
「ということです」
と古泉が『物語』の終わりを告げた。
長門(以前の俺は『さん』付けでなかったようだ)は
湯飲みを取り、お茶をすすり始める。
「ごめんね、キョンくん。信じられないかもしれないけど」
信じられないですよ、朝比奈さん。
今のこの状況よりもその『物語』を信じていた『以前の俺』のことがね。
ということは、未来人である朝比奈さんが、俺の記憶喪失について知っていて
二人に相談した、ということでいいのですか?
と一応分かった振りをして質問する。
「はい。あ、でも長門さんは気づいていたみたいですけど」
と横目でちらりと長門のほうを見る。
それを聞いた古泉が、わざわざ朝俺を迎えてくれ、学校その他もろもろについて
説明してくれた、というわけか。
「さすがですね。そのとおりです」
でも、記憶喪失を防ぐことはできなかったのですか?
前から知っていたのでしょう。
「それは、規定事項だからです」
わけわからん。が、なんとなく分かる気もする。
どうすればいい?どうすれば記憶が戻る?
「今から取り戻しに行きます」
どこへ?
「えっと…昨日の夜のキョンくんの部屋です」
帰ろうかと思った。付き合いきれん。
俺が立つ前に長門が立ち上がる。
「……時間」
朝比奈さんがあわてて時計を見る。
「あっ、あっ、ホントです。急がなくちゃ」
もう頭が痛い。
俺は記憶喪失だぞ。
それだけで頭が痛いって言うのに、どうしてこんなことに巻き込まれなくてはいけない。
意味もなく叫びたい気分になってきた。
…しかし、よく考えると記憶が戻ったら俺はこんな奴らを相手にしなくてはいけないのか。
それはそれで、頭が痛い。
朝比奈さんの言うとおり、過去に戻れるなら、
高校に入りたての自分に出会って、関わらないように何時間でも説得するだろう。
「ごめんね。キョンくん」
声がしたと同時に目の前が歪みブラックアウト。
…もう…誰かかわってくれ。
>>192
気づくと薄暗い部屋にいることに気づく。
古泉、長門、朝比奈さんも周りにいて、古泉は人差し指を立て口に当てている。
しゃべるな、ということだろうが、お前がやるな、気色悪い。
周りを見ると、朝起きた部屋と同じだと気づく。
ベッドを見ると、なんと俺が寝ていた。
え!?っと驚きの声を上げたかったが、長門の右手が素早く俺の口を押さえた。
次に長門は左手を前に出し、何事かしゃべり始めた。
早くて全く聞き取れない。途端に部屋が崩れ出した。
ここでも驚きの声を上げたかったが、口は長門の右手によってふさがれている。
そして、見渡す限り砂漠になった。
「もうしゃべってもいいですよ」
さわやかな表情で古泉が言う。
「キョンくん、大丈夫ですか?気持ち悪くないですか。」
朝比奈さんが心配そうな目をしている。
俺は、大丈夫ですよ、と答え周りを見る。
もう状況はさっぱりだ。ここはどこだ。
「位相がずれた異空間」
長門が答えるが、何のことかわからない。もっと分かるように説明してくれ。
「無理。あなたにはまだ理解できない。また、説明している時間もない…来た」
長門が指差した方向を見ると、そこには奇妙な物体…いや生き物か。
絵でしか見たことがないが、夢を食らう獏に近い。
「情報生命体の一種。人の持つ『データ』を食料としている」
『データ』というのが記憶のことか?
「そう」
夢じゃなく記憶を食べるのか。
じゃ、俺の記憶が食べられる前にやっつけてくれよ。
「それはできない」
なぜ?
「えっと、それは規定事項だからです」
長門ではなく、朝比奈さんが答えてくれた。
規定事項って。俺の記憶がなくなっちゃうんですよ。
「それは・・・記憶が食べられる前にやっつけてしまったら
ここにいるキョンくんが存在しないことになってしまうので…」
さっきと同じくなんとなくは分かるが理解できん。
最初から『記憶を食べられる俺』がいないような未来にすればいいのではないか。
…そして気づいた。俺、今の状況を受け入れてるんだな。
「はい、食べられました」
と古泉がうれしそうに言う。
獏似の巨大生物…情報生命体だっけか、を見るとなんとなく満足した表情で心なしか腹が膨れている。
もういいだろ。
長門がうなずく。
どうやってやっつけるんだ。
「任せてください」
古泉が親指を立て、グッっとする。
もういい、さっさとやれ。
古泉の右手に光る赤い球。
何度も言うが、もう本当にわけわからん。
古泉はその球を下に落とし、サッカーボールの要領で蹴る。
ふんもっふ。
…掛け声がなんとも言えずださい。
そして球は…といえば外れてる。
その外れた球によりこちらに気づいた獏は突進してくる。
「はずしちゃいました」
手を頭に乗っけてすみません、と頭を下げる。
顔がにやけてるから心から謝っているのか分からん。
俺は逃げようとするが、背中をあわあわ言っている朝比奈さんに捕まれ動けない。
長門は全く動こうとしない。
先ほどと同じ方法、同じ掛け声で
情報生命体を狙ってボールを放つ。今度は命中。、
みるみるうちにガラスが割れたように散っていく。
「終わり」
長門がつぶやく。
「あとは元の時間軸に戻るだけですね。
っと、その前に部屋の再構成がまだでしたね」
周りの風景も先ほどの情報生命体と同じように崩れ始め、元の部屋に姿を戻していった。
「さて気づかれないうちに退散しますか。
では、朝比奈さん、よろしくお願いします」
と古泉が手の甲で口を隠しながら小声で言う。
「はい。…また失礼します」
立ちくらみかと思ったが、違った。
来たときと同じように俺は意識を失う。
…朝比奈さん、俺を何のために連れてきたのですか。
本日三度目の目覚め。
長門の家で寝ていたらしい。
3人はすでに起きていて、
というより痛い思いをしているのは俺だけかもしれないが、
お茶をすすっている。
おい、記憶戻ってないぞ。
「やっと目が覚めましたか」
古泉がこちらを向く。
記憶がまだ戻ってない。俺はもう一度言う。
「長門さんによると食べられた記憶が戻るには一日必要なようです。
明日の朝には戻っているでしょう」
長門を見る。
長門はこちらに視線を向け、数ミリ単位で頭を動かした。
頷いた、ととっていいのだろうか。
「キョンくんばっかりごめんね」
朝比奈さんは、今日何度俺に謝っただろう。
そこで気がついたことがある。
ちょっと待て。情報生命体なんたらをやっつけて一日後に記憶が戻るんだったな。
「そうですよ」
今、やっつけてきたのは昨日の夜だったんじゃなかったのか。
ということは今日の朝記憶が戻ってもいいんじゃないか。
「違う。一日後というのはおよそ24時間後という意味。
また、朝比奈みくるが言った昨日の夜というのは
正確には今日の午前2時。つまり、記憶が戻るのは明日の午前2時ということ」
なるほどね。今情報生命体をやっつけてきたのは『昨日の俺』を助けるためか。
「そういうこと」
3人の『物語』を少しは信じてもいい気がしてきた。
いや、少しどころではない。
今日のことは夢だった、で済ましてもいいが、
今は記憶が戻ってくれるならその『物語』を信じてもいい。
ベッドにもぐりながらそんなことを考えていた。
結果は明日の朝になれば分かる。
記憶が戻る瞬間ってどんな感じなのだろう、
と思い睡魔と闘っていたが、無理な話だった。
当たり前だよな。
記憶喪失。
おかしな『物語』。
巨大生物との対面。
一日どころか一生のエネルギーを使ったといってもいいだろう。
つまりは、寝てしまったということだ。
>>125
ハルヒ「そう……寝ちゃったのね」
キョン「えーと……涼宮だっけ?」
ハルヒ「そうよ! ……あれ、そういえばあたし言ってなかったわよね、古泉君から聞いたの?」
キョン「いや、古泉もお前さんの事知らないみたいだ」
ハルヒ「そうなの!?古泉君まで……、……あ、じゃあ、誰から?」
長門「私が言っておいた」
ハルヒ「あらそう……」
キョン「あー、……っと、あんたと……そこの人は何て名前かな」
みくる「あたしは、朝比奈みくるです」
長門「長門有希」
みくる「改めて挨拶すると、なんか変ですねえ……」
ハルヒ「そうね……、あれだけ長いこと一緒に居たのに」
キョン「……思い出せれたら良いんだがな……。すまん」
ハルヒ「……きっといつか思い出すわよ!そうだ、古泉君起こしてみてくれない?」
キョン「ああ、……古泉ー?」
キョン「おい、起きろよ、こら」
古泉「う〜〜……、…………」
キョン「……駄目だ、起きない」
ハルヒ「む……、仕方無いわね、ちょっと話したかったんだけど……、
あ、そうだ!古泉君とは仲良くやれてる?古泉君あんたの事覚えてた?」
キョン「長門さんとやらに聞いたSOS団ってものの事は俺達二人とも知らねーや」
ハルヒ「有希、いつのまにそんな事話してたの?」
長門「電話」
ハルヒ「ふーん、ならいいけど」
キョン「……? そうそう、古泉とは結構気があってさ。話してると楽しいよ」
ハルヒ「えっ、そうなの!? なんか意外だわ」
ハルヒ「まあ、病院って何も無いし……、でも良かった。
あんた達よく一緒には居たけどそんなに仲良くなかったような気がするから」
キョン「マジか! 記憶戻った時どうなってるか逆に楽しみな気もする」
ハルヒ「早く戻ると良いわね、……そうだ、退院明日だっけ」
キョン「明日のいつかな? 学校に行くのは明後日になると思うが」
ハルヒ「北高の事はちゃんと覚えてるわよね? でも部活は……」
キョン「俺帰宅部だったような気がするんだが」
ハルヒ「あんたどんだけSOS団の事だけスッポリ忘れちゃってるのよ……、
……まあいいわ! 学校来たら古泉君とあんたにSOS団の事を1から叩き込んでやるから!」
キョン「はは……そいつは有難いな……、……(宇宙人、か……)」
ハルヒ「……本当古泉君起きる気配無いわね、あたし帰った方が良いかしら」
キョン「いや、どっちでも構わんが……」
みくる「静かにしてあげた方が良さそうですねぇ……」
ハルヒ「そうね……、まあ明後日になったら部室に強制連行するし
いつだって話す機会はあるわよね。じゃ、またね、キョン!」
キョン「おう。じゃあな」
みくる「またね、キョンくん。お大事に」
キョン「どうも」
長門「……また」
キョン「あ、ああ……」
後ろ二つ安価忘れたすまん
昨日と同じように朝、目が覚める。
朝飯を食べ、学校へ向かう。
今日は家の前にタクシーが都合よく止まるなんてことはなかった。
急な坂道を登り、下駄箱前で谷口と挨拶をかわす。
教室に入ると、昨日と同じ格好、同じ場所に涼宮が座っている。
自分の席に座り、声をかける。
ポニーテール似合ってるぞ。
ハルヒは窓の外から俺に視線を移す。
両手を上にあげ、振り下ろす。机が大きな音を立て揺れた。
「何で昨日は言わなかったのよ!」
その後はいつものように怒られた。
記憶喪失かと思ったじゃない、とも言われた。
昨日あんなに疎ましいと思った怒鳴り声も怒った顔も
今日はなんだかうれしいぜ。
昨日いえなかった分もう一度言おう。
似合ってるぞ。
…ハルヒ、ただいま。
終わりです
長々と駄文失礼しました
さて。そうこうして俺は階段を昇り、やや古めかしいとも言えるドアの前へと連れていかれた。
「いきなりじゃみんな驚くわ。あんたはここにいなさい。呼んだら来るのよ、いいわね!」
どうでもいいが何でこうも高圧的な物言いなんだ。
呼んだら来いって、俺は犬か何かか。
俺の答えなんぞは待ってられないとばかりにドアの向こうへと消えた涼宮ハルヒに、俺は溜息をつくことしかできなかった。
まったく、どうしたもんかね。
そもそも記憶をなくす前の俺はどんな人間だったんだ。
あの高圧的な物言いに何も思っちゃいなかったんだろうか?
そもそも何で得体の知れないSOS団なんかに入っているんだ。
俺はそれに納得していたんだろうか。
考えれば疑問は尽きない。
ともあれ平穏な学生生活は送っちゃいなかったんだろうな。
記憶喪失なんて、まるで漫画か小説の世界の現象に見舞われる時点で想像もたやすい。
己の置かれた現状に俺は二度目の溜息をついた。
「キョン!来なさい!」
壁にもたれて窓の外を眺めながらそんなことを考えているうち、部屋の中からお呼びがかかった。
ドアのノブを握る。
不思議なことに手に馴染んだそれを開くと、こちらを見遣る4対の目と目があった。
男一人を除くとみんな女子だ。
記憶をなくす前の俺は本当に何をしていたんだ?
しかも恐ろしくレベルが高い。
まさにハーレムかくやといった様相に、俺は思わず言葉を失った。
「キョン、紹介するわ。みくるちゃんよ。えーっとあんたは朝比奈さんって呼んでたわね」
「朝比奈みくるです。えっと、えっと……大丈夫……ですか?」
何とも愛らしい声でそう言ったのは朝比奈みくるさんというらしかった。
気遣うような瞳で俺を見てくるのが少し気恥ずかしい。
「大丈夫です。朝比奈さん」
とにかく安心してもらいたくて頷くと、朝比奈さんはほっとしたように表情を和らげた。
「次!有希!あんたは長門って呼んでたわ」
「長門有希」
これは……、何と言うべきかな。
涼宮ハルヒとも朝比奈さんとも違うタイプなのには間違いない。
無表情にも見えるガラスのような双眸が俺を見上げてくるのだが、……おかしなことにその一見無感動そうな瞳には確かに不安げな色が見えた。
心配、されているんだろうか。
「長門……さん、も。心配かけたみたいだな。すまん」
「呼び捨てで構わない」
「ああ……」
頷く。
独特のテンポに少し戸惑うな。
……それにしても朝比奈さんや長門、この二人もあの例の「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」とやらに納得して入団しているんだろうか?
非常に不可解だ。
「最後!古泉くんよ。この団の名誉ある副団長でもあるわ!あんたは古泉って呼んでたわね」
「古泉一樹です。いやぁ、不思議なものですね。見た目も言動も、まったく以前のあなたのままですよ」
そう言って微笑むハンサムマンはやけに慇懃な口調でそう言った。
記憶を失った俺に対してというよりは、ただの性分なのだと思うようにすべらかな口調だ。
「そうなのか?」
「ええ、そうして答える様もまったく以前のままです。涼宮さんが戸惑われたのも納得ですね」
頷きながら古泉とやらはちらりと涼宮ハルヒの方を見た。
その視線を受けて涼宮ハルヒが口を開く。
「キョン。さっきも言った通りあんたは階段から落ちたのよ。足を踏み外して。とりあえず大丈夫そうだけど、病院に行った方がいいと思うわ。頭ってのは見てみないと分かんないものよ」
だから今日は解散!と涼宮ハルヒは話を締め括った。
「ちょっと待て、悪いが俺は病院の場所も自宅の場所もわからんのだが」
「あ……と、そうね。分かったわ。じゃあみんなで行きましょう。いいわね?」
涼宮ハルヒはそう言って団員の顔を見回した。
面々は皆一様に頷いている。
異論はないようだ。
「じゃ、行くわよ!キョン!」
そう言って、涼宮ハルヒは我先にと荷物を担ぐと部屋を飛び出したのだった。
もとより保守代わりだ
>>233
その日の夜になった。
つつがなく検査を終え無事帰宅の許可が出た俺は、見慣れない自室というものを満喫していた。
いや、つつがなくというのは違うのかも知れないな。
俺はベッドに寝転がったまま、制服の内ポケットに入っていた紙切れを眺めた。
「放課後中庭の木の下にて待つ」
そう書かれた紙は、自分の名前が署名されている。
反対に、この手紙とも言えない紙切れを出されるはずだった相手の名前はどこにも書かれていなかった。
この紙切れを、俺は誰に出すつもりだったんだろう。
紙面に並ぶ文字を見つめると、なぜか心の底がざわざわするような居心地の悪さが襲った。
本日何度目になるかも分からない溜息をつく。
そのときだった。
>>269
枕元に置いていた携帯電話が突如として鳴り出した。
驚いて体を起こし携帯を開く。
朝比奈さんからだ。
「はい」
「あっ、キョンくんですか?」
それ以外だったらどうするつもりなんだろうと思いながら、はいと返事をする。
「えっと、今から外に出れますか?……その、お話したいことがあるんです」
耳元のくすぐったい声に、いきなり心拍数が上がるのが分かる。
何とか平静を保ちながら、大丈夫ですよと答えると、朝比奈さんはほっとしたように声を上げた。
「よかったぁ……じゃあ、外で待ってますね」
「え?」
そう言いながら窓に近寄り、かかっていたカーテンを開く。
すると何と言うことだろう。
携帯を片耳に当てている朝比奈さんが部屋の真下に面した通りにひっそりと立っていた。
こちらに気付いたらしく、俺の方に小さく手を振っている。
「すぐ行きます!」
そう言って携帯を切ると、部屋を飛び出し階段を駆け降りた。
「やあ、お疲れ様です」
玄関を開けたところにいたのは、にこやかに笑みを浮かべる古泉一樹だった。
「こ、古泉……」
いたのか、という言葉を飲み込んで一歩後ずさる。
「長門さんもいますよ」
古泉の後ろから顔を覗かせ小さく、本当にほんの僅か頭を前に傾けて長門が挨拶をした。
「朝比奈さんから聞かれたと思いますが、お話したいことがあります」
「……そうか」
そう言うしかないだろう。
俺は何か一種異様な空気を感じながらも頷いた。
上がるか?と言うと古泉は頭を左右に振って外を示し踵を返す。
無言のままその後をついていく長門を目で追ったあと、俺もまたその後に続いた。
「キョンくん!」
門扉を開けるとちょうど俺の部屋が見える位置で朝比奈さんが立っているのが見える。
「揃ってどうしたんだ?まさか今からSOS団とやらの会合か?」
そう古泉に質問を投げると、古泉は肩をすくめて俺を見た。
「あるいはイエスと言えるでしょう」
どういう意味だ。
「とりあえず、場所を移しましょう」
そう言って古泉が向かったのは近くの公園だった。
「単刀直入に言いますよ。僕は超能力者です。制限つきのものですが」
「えっと……信じてもらえないかもしれないけど、あたしは未来から来ました」
「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース」
…………。
「もう一回分かりやすく言ってもらってもいいか」
そう言うと古泉は慇懃に頷いた。
「超能力者です」
「みっ、未来人です」
「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース」
………………。
ふざけてるのか、と聞くと皆一様に頭を横に振った。
何かの演劇の練習か、と言うとこれまた頭を横に振られた。
「我々は涼宮さんを中核とした異能力者です。皆それぞれにそれぞれの思惑を持ってここにいるんですよ」
「涼宮の……?」
「はい。彼女は通常ではありえない能力を無自覚に有している……それがどのくらいの規模かというと、この世界そのものを左右するに足るといいましょうか。そのくらいの情報を、彼女は発信しています」
俺は微笑んだまま言う古泉の顔をまじまじと見ることしかできなかった。
「記憶を失う前のあなたも、そんな表情をしました。同時に信じられないとも言いましたね」
当たり前だ。
こんなのを即座にほいほい信じるようなやついるのか。
「実に共感出来る見解ではありますが、残念ながら事実です」
古泉は肩を竦めた。
「それで」
俺は溜息をついた。
それで、と言ったもののうまく言葉が繋がらない。
そもそも何だ?
超能力者に未来人、宇宙人に世界を揺るがすような存在ときて、あげくに記憶喪失者ってどういった集団なんだよ。
そうでなくても奇妙奇天烈な集団なのにも関わらず、これじゃあどうしようもないじゃないか。
「何が目的だ。いや、待て、世界がどうとかいうそっちの目的はいい。今それを何で俺に話した?」
そう言うと、今度は古泉の代わりに長門が口を開いた。
「記憶を失う前のあなたは、ひどく不安定な状態にいた。それが今のあなたの記憶の混濁に強い影響を与えている」
「何かに悩んでいたということか」
「そう」
長門が小さく顎を引いて頷く。
「発生した問題の根源を解決することで混濁は解消する」
公園の白熱灯の光を受けて、俺を見つめる長門の瞳がきらりと輝いた。
「長門さんの言うことを鑑みますに、状況を正しくする意味でもあなたに告白をした方がいいと考えまして」
その告白のおかげで余計記憶が混濁しそうだよ。
俺は長門から目を反らし、公園の植え込みを見た。
「悩みって言ったってな……」
記憶もない俺にそんなことが分かるか?
そう思ったとき、ふと脳裏をかすめたのはあの一枚の紙切れだった。
中庭に来いとだけ指示されたあの紙片。
今の手掛かりはそれだけと言ってもいい。
俺はそのことを三人に話した。
「手紙の内容に心当たりはあるか?」
そう聞くと三人の反応は三種三様だった。
古泉は訝るように眉を寄せ、朝比奈さんは愛らしく首を傾げて見せた。
長門はゆっくりと瞬くだけだ。
俺は三人を順に見ると、頭に手をやった。
お手上げだ。
いや、待て。
あとひとり、俺が呼び出しそうな相手がいるじゃないか。
俺は頭に浮かんだ相手の名前を呟いた。
「涼宮……なのか?」
呟きを拾ったのは長門だった。
「その可能性は非常に高い」
何でだ?
「中庭という場所が鍵」
どういう意味だ。
「それは答えることが出来ない。禁則事項」
禁則事項……ねぇ。
長門の言葉を聞いて、古泉は小さく笑った。
「何にせよその手紙が涼宮さん宛なのでしたら、僕たちもいよいよ安泰のようです」
これまた意味の分からないことを言って、僥倖とばかりに微笑んでいる。
「キョンくん、頑張ってください」
朝比奈さんまでもがきらきらと輝いた瞳で俺を激励してきた。
何だ何だ、事態がまったくさっぱり読めんのだが、いったいこれはどうなってるんだ?
俺だけが恐ろしく読めない状況のまま、なぜか納得した顔の三人は互いに頷きあい、それを合図に突発的なこの会合は散会となった。
家までの帰路を辿りながら俺は夜空を見上げてみる。
超能力者や未来人、宇宙人なんてものは置いておいて、とにかくあの手紙の受取人は誰なのか、それだけを考えた。
さっきは三人に心当たりがなさそうだったから涼宮の名前を出したが……、本当に俺は涼宮を呼び出すつもりだったんだろうか?
ふと、夕方の出来事が蘇る。
階段から足を踏み外した俺のことを必死に呼び続けた涼宮の悲痛そうな表情と声が胸に還った。
そして俺が無事を告げたあとの、あの花が綻ぶような安堵の微笑みも。
みんな確かに俺のことを心配してくれた。だが、誰より心配してくれたのは涼宮なのかもしれない。
門扉の前で足を止め、俺はそんなことを考えていた。
翌日の朝がきた。
学校に行くか病院へ行くか問われて、俺は迷わず学校を選んだ。
昨日病院では「脳に異常はない」という診断を受けている。
記憶障害については一時的なものだろうと言われていた。
そのうえで病院に行く必要はもうないだろう。
おざなりにネクタイを締めたあとに玄関で靴を履き、ドアを開ける。
と、そこには
「……涼宮?」
門扉に寄り掛かるようにして、こっちに背中を向けた涼宮ハルヒが立っていた。
「っ、キョン!迎えに来てあげたわよ。感謝しなさい」
ぱっとこっちを向いた涼宮は開口一番そんなことを言った。
まったくお前ってやつは朝っぱらからだって高圧的なんだな。
だがそこまでの不快感はない。
「いつから待ってたんだよ」
「えっ?そ、そんなには待ってないわよ。いつもあんたが学校に来る時間なんて分かってるから、それを逆算してきたし……」
涼宮はぶっきらぼうにそう言うと口を尖らせた。
「あんたねぇ、ネクタイくらいちゃんと締めなさいよ!ほら、あたしがやったげるから」
「ちょ、涼宮!?」
言うや否や、涼宮は俺のネクタイを解いた。
細っこい指がちょこまかと動いてネクタイを綺麗に締め上げる。
「ほら。首、ンってして」
首を上げながら、俺は今更ながら周りの目というものを気にし始めた。
正直今のこの状況は、いまどき新婚夫婦でもやらんのではなかろうか。
横目で周囲に気を配ろうとするが、首を捻りすぎたらしい。
涼宮から「じっとしなさいよ。結びにくい」と怒りの声が飛んだ。
「よしっ、出来たわよ!じゃっ行きましょ」
満足げに笑んだ涼宮は、そんな風に言って頷くと鞄を再び手に持って歩き出した。
燦々と降り注ぐ朝の爽やかな日光を浴びながら、俺と涼宮は北高の坂を登っていた。
それにしても長ったらしい上にどこまでも続く坂だ。
こんな坂を毎日登り降りせにゃならんことを考えると、まったく出てくるのは溜息だけだな。
「キョン、あんた大丈夫?医者には急な運動は避けろって言われてんでしょ?無理はしちゃだめよ、あんた運ぶのあたしなんだから」
涼宮はさっきからこの調子だ。
心配しているのか命令しているのか分からない口調で俺にそう言ってくる。
ただ、その少し怒ったような表情を見ていると、真剣に俺を心配しているのかもしれないと思えた。
今も内ポケットに入れてあるあの紙切れ。
受け取る相手は、このだいぶ高圧的で心配性な、涼宮ハルヒなのだろうか。
俺は涼宮を見ながら、そうならいいとなんとなく思った。
昼休みになった。
とりあえず記憶喪失であるということはごく身近な友人にだけ伝えておくことにした。
それでも学校生活は問題なく進むだろうという涼宮の案だ。
不思議なもので学校で勉強したことなんかはちゃんと覚えている。
誰に教わったとかは忘れていても、教わった内容は覚えているから授業にも困らなかった。
谷口と国木田というクラスメイトと昼食を摂り、何とは無しに校舎内を歩くうち、どうやら中庭に出たらしかった。
一本のそこそこ大きな木が生えている。
その根元に、涼宮ハルヒが寝転んでいた。
「涼宮」
「……キョン」
涼宮は目を閉じていた。
さわさわと揺れる木陰の下でどうやら昼寝と洒落込んでいたらしい。
邪魔したか?と尋ねると、静かな声で「ううん」と返された。
隣に腰を降ろす。
「ねえ」
ざあ、と風が吹いて葉が音を立てる中、涼宮はまっすぐに空を見ながらそう言った。
「ハルヒって呼びなさいよ」
ぽつりと呟いた言葉は、いやに俺の胸を刺した。
何でだろうな?
こいつの寂しさみたいなものが急に伝わって来たのかもしれない。
ああ、こいつはずっと、寂しかったんじゃないだろうか。
そう思うのは思い上がりだろうか。
「……ハルヒ」
名前を呼んだ。
初めて、ハルヒがこっちを見る。
「キョン。あんた何で忘れちゃったのよ。何で……忘れちゃえるのよ。一生かかったって忘れられない楽しいこと、たくさんやってきたのに」
ハルヒの瞳が惑うように揺れた。
「……今更涼宮なんて他人行儀に呼ぶなんて、……あたし、許さないわよ」
きっと俺を睨み上げる、その瞳から涙が一筋零れ落ちるのを、俺は見てしまった。
「ハルヒ」
もう一度、そう名前を呼ぶ。
ゆっくりとしたチャイムが鳴り終わっても、俺もハルヒもその場を離れようとはしなかった。
「……悪い」
「謝んないでよ。そんなんじゃないわ」
そんなんじゃないのよ、とハルヒが繰り返すのを聞きながら、俺はどうしたものかと考える。
俺の気持ちはもうハルヒへと向いていた。
この状況に抗うような理由はどこにもない。
「……ハルヒ」
何よ。
そう不機嫌そうに言うハルヒが、実は照れているというのは微かに赤く染まった頬を見れば何となく分かった。
きっと俺だって同じだな。
今から言おうとしている言葉を考えれば、いても立ってもいられないような気持ちになる。
ごまかしも何もかんも一切なしだ。
俺は制服の内ポケットに手をやり、そこにしまってあった紙切れを取り出した。
「やるよ」
<俺>からの気持ちだ。
そう言うと、ハルヒは怪訝そうな顔をした。
「何よ放課後って。今言いなさいよ」
むくりとハルヒが起き上がる。
「今言ったっていいんだがな。悪いがちょっと待ってくれ」
「…………何だか分からないけどまあいいわ。放課後、ここでいいのね?」
「ああ」
頷いて見せると、ハルヒは怪訝そうな顔のまま紙をすかしてもう一度眺めた。
それからその紙をポケットへとしまい込むと、何かを振り切るように猛然と立ち上がる。
「さっ、戻るわよ!キョン!」
「ああ。……そうだな、ハルヒ」
そう言うと、ハルヒは華やかな笑顔を俺に向けて浮かべて見せた。
100ワットの笑顔。
そんな言葉が、どうしようもない懐かしさと共に頭をよぎる。
この笑顔を、俺は知っている。
そしてその笑顔を、俺はきっと好きだったんだと思う。
前を駆けていくハルヒを見ながら、俺はそんなことを考えていた。
放課後。
「あたしちょっと部室に顔出してくる」
こっちを見ようとしないハルヒがそう言うのに頷いて、俺は中庭に降りた。
さて。どう言ったもんかね。
木の根元に座り込み、それからごろりと横になった。
目を閉じると気の早い吹奏楽部のパート練習の音が聞こえ始める。
それを聞きながら、俺は当然と言えば当然だがハルヒのことを考えていた。
それからあの紙切れのことも。
長門は「中庭にて待つ」という言葉に意味があると言った。
それが本当ならきっと、記憶を失う前の俺もハルヒを好きだったんだろう。
思い悩んでいたというのは告白についてで、手紙を書きはしたものの渡すタイミングを見出だせずにいたんじゃないかと思う。
「待たせたわね」
ふ、と影が濃くなるのが分かった。
ハルヒだ。
俺は目を開けて体を起こす。
反対にハルヒは俺の隣に腰を降ろした。
「じゃ、話を聞こうじゃない。午後の授業分あたしを待たせたんだし、とびっきりの話じゃないと承知しないんだから」
「とびっきりかどうかは分からんが、とりあえず大事な話だな」
「ふーん……。で、何よ」
ハルヒがこっちを見るのが分かった。
黄色いリボンが風に揺れる。
ハルヒの存在を感じながら、俺は覚悟を決めた。
ええいままよ、あとは野となれ山となれだ。
「好きだ」
そう言ってハルヒを見つめる。
ハルヒの方はというと、意味が通じているのかいないのかきょとんとした表情で俺を見つめ返していた。
それから訝るようにその瞳をすがめて見せる。
「…………誰が、誰をよ」
「俺がお前をだ」
「だめよ、ちゃんと言いなさい」
「ハルヒ、お前が好きだ」
そう言葉にするのと同時、ハルヒの瞳から涙が零れた。
「やだ、違う。何で……涙なんか」
ハルヒが慌てたようにしてその涙を拭う。
「ばか。ばか。……何でこんな状況のときにそんなこと言うのよ。……ばか」
拭っても拭ってもあとから零れる涙に戸惑うように、ハルヒは両手を使ってその涙拭いながら、それでも強がるようにそう言った。
「……俺じゃだめか」
記憶のない俺に言われてもどうしようもないことなのかもしれない。
ハルヒを覗き込むと、いやいやとするように緩く頭を左右に振られた。
「ばかね。……嫌なわけ、ないじゃない。記憶があろうがなかろうが、……キョンは、キョンよ。そんなの、あたし、とっくに知ってるんだから……ッ」
込み上げる鳴咽で途切れ途切れになりながらも、ハルヒは俺にそう言った。
そっと髪に触れて頭を撫でる。
涙を拭う手を止めたハルヒが、驚いたような表情で俺を見た。
ハルヒの頬に掛かる髪をそっと撫でてその耳にかける。
「……キョン」
小さなハルヒの声が、何かを促すように、あるいは何かを警告するように、俺の名前を呼んだ。
「すき。あたしもずっとすきだったの。……キョンのこと、ずっと」
また一つ、ハルヒの瞳から涙が落ちる。
それが頬を伝うのを見るより先に、俺はハルヒのその唇にキスをした。
ここからはその後日談になる。
結果として俺は以前の記憶を取り戻すことが出来た。
何ともお粗末な話だが、ハルヒとキスをした瞬間、例の閉鎖空間でのハルヒとの顛末を思い出し、それを引き金にするようにしてすべての記憶が蘇ったのだ。
長門的に言うなら、問題が解決したことにより俺の記憶の混濁も解消されたというわけだろう。
事実俺はハルヒとの関係や、それに付随するであろう諸問題について悩んでいたし、どうしようもない状態にあった。
そんなときに階段から転げ落ちたせいで、直面したくない問題から逃げていたらしい。
終わりよければすべてよしですよ、なんて古泉のやつは言っていたが、まあ俺もそれには概ね同意だったりする。
そういった風に、今回の記憶喪失の一件は落着を見た。
涼宮ハルヒは、今日も元気に俺の隣で笑っている。
長いことスレ使ってすまんかった!
デートとして行くにはちょっと変な場所だとは思うが、まあ有希が好きだというならいくらでも付き合うさ。
そうと決まればさっさと寝なくちゃな。明日は早い。
妹「キョンくん、どお〜?」
キョン「ん、なにがだ」
妹「ちょっとは思い出した?」
キョン「いやー、すまんな妹よ。今のところまだ何も思い出せていないんだ」
妹「そっかぁ。でも今も前もキョン君あんまり変わってないから、そんなに無理しなくていいよ〜」
さりげなくちょっとひどいこと言ってくれるなこの妹は。
さて翌日。
俺は自転車をフルスピードでかっとばしていた。なぜかというと、まあ簡単に言えば寝坊したからだ。
どうやら俺は朝に弱い体質だということが判明した。なにせ三つかけておいた目覚ましが全部知らないうちに止まっていたからな。
しかし(今の俺にとっては)最初のデートでいきなり遅刻をかますとは。なんというダメ男なんだ。
待ち合わせ場所の駅前のベンチに、彼女はこの前と同じくちょこんと縮こまって座っていた。
くそ、やっぱり間に合わなかったか。
長門「・・・・」
キョン「有希っ」
長門「・・・・」
キョン「すまん。遅れちまった」
長門「平気・・・・」
うおうっ、か、かわいい・・・
彼女の私服姿は新鮮で、彼女という素材がより一層引き立って見えた。
キョン「・・・・」
長門「なに?」
キョン「あ、いや・・・その、な・・・」
ちょいと照れ臭いが、ここは正直に自分の思ったことを言ったほうがいいってもんだろう。
キョン「その服、似合ってるぞ。めちゃめちゃかわいい」
長門「・・・・」
長門「そう」
キョン「ああ」
彼女の反応は「そう」とかそんな素っ気ないものばっかりで、全然会話になっていなかったけど、でもなぜか全然苦痛にはならないんだよな。
このくらいが心地よいというか。なんとも不思議なもんだ。
ウィーン
長門「・・・・」
図書館の中に入ると、有希の目がキラキラと輝きだした。・・・ように見えた。
いや、実際の表情はまるで変わってはいないんだ。でも、俺にはなんとなくわかる。
多分それであっているんだろう。
キョン「好きなだけ見ていっていいぞ。時間ならタップリあるから」
長門「わかった」
ただ待っているだけってのも退屈だな。俺も本の一つでも読んでみるとするか。
ん、なんだこれ・・・バトルロワイヤル?
ほう。中学生同士の殺し合いね。はっ、どうせあれだろ、中二病の痛い話だろ。
だいたい最近のラノベとかはどれもこれもバトルものに走り過ぎなんだよな・・・どれ。
ペラッ
キョン「・・・・」
ペラッ
キョン「・・・・」
キョン「・・・・」
長門「・・・・」
キョン「・・・・」
チョイチョイ
キョン「ん、どうした有希」
長門「もう閉館・・・」
キョン「はあ? 嘘言えよ・・・ってええ!!?」
壁に掛けられた時計を見て俺は思わず声を上げた。
針は確かに5時ちょうどを指している。
どうもあまりのおもしろさに熱中しすぎていたらしい。そういえばメシも食ってない。
キョン「悪い有希・・・腹減らなかったか?」
長門「平気・・・」
キョン「そうか・・・それにしても、くそ。あと少しで終わるというのに」
長門「大丈夫・・・また来ればいい」
キョン「ん・・・それもそうだな」
いや・・・にしても悔しいぜ。
来週も必ず有希と来よう。
キョン「さてと」
キョン「どうしようか。とりあえず、なんか食べにでもいくか?」
長門「・・・・」
長門「私の家に来てほしい」
キョン「え、いいのか?」
長門「コクリ」
長門「夕飯を振るまいたい」
キョン「そ、そうか。そいつは楽しみだな」
ジャージャー…
キョン「・・・・」
キョン「なあ、なんか手伝おうか?」
長門「ダメ」
長門「あなたはお客さん。まかせて」
いや、でも・・・
なんていうか・・・どことなく危なっかしいんだよな。
キョン「いや、でもさ。二人で共力して作るってのも、それはそれで味があると思うぞ?」
長門「・・・・」
長門「でも、今日は私が作りたい」
長門「あなたに食べてもらいたい」
長門「二人で作るのは、今度」
キョン「ん、そうか・・・わかった」
そこまで言うならしかたない。手伝うのは諦めよう。
俺はできる限り腹を空かせる努力して、有希の手料理を待つことにした。
それから数分くらいすると、キッチンからカレーのいい匂いが漂ってきた。
やっぱりカレーだったか。夕飯を振るまいたい、と言った時点でだいたい想像はできていたが。
キョン「あいつホントにカレー好きだなぁ・・・」
キョン「・・・あ」
・・・まただ。
覚えているはずのないことが、無意識のうちに頭の中に浮かんできていた。
有希がカレーが好きだったことなんて、なぜ覚えている?
長門「おまたせ・・・」
キョン「・・・・」
長門「・・・? どうしたの・・・」
キョン「あ、いや、今な。有希がカレーが好きだってことが、自然と頭に浮かんできたんだよ。
やっぱり記憶、戻りかけてるのかもしれない。この調子ならもうすぐ完全に戻るかもな」
長門「・・・・」
キョン「・・・有希?」
長門「そう・・・」
キョン「嬉しくないのか・・・?」
長門「嬉しい」
キョン「・・・・」
なんでだ。それ、あからさまに嘘っぽく聞こえるぞ。
有希は俺に記憶が戻ったら何か不都合なことでもあるんだろうか?
キョン「・・・ん。まあ、それよりも。あったかいうちにカレー、食べよう」
キョン「すげー旨そうだな。ていうか、めちゃめちゃ腹減った」
長門「・・・・」
そのカレーを3杯食った後に、大量のポテトサラダが出てきた時にはさすがに焦ったが、
俺はそれもなんとか完食した。愛がありゃなんでもできるもんだぜ。
ふと時計を見ると、すでに時刻は9時半を回っていた。
幸せな時間が過ぎるのは早い。
・・・本当なら泊まっていきたいところではあるが、明日も学校だ。
そろそろ帰らないとまずいだろう。
キョン「さてと・・・」
長門「・・・もう帰る?」
キョン「ああ。ご飯ありがとな。本当においしかったよ」
長門「・・・・」
ガチャリ
キョン「じゃ、有希。ごちそうさま。また明日な」
長門「待って」
長門「・・・ありがとう」
キョン「え?」
長門「楽しかった」
そう言うと、彼女は俺の肩を掴んで、背伸びをしながら触れるように軽い口づけを交わしてきた。
キョン「・・・・」
長門「・・・また・・・明日・・・」
ガチャン…
キョン「・・・・」
帰り道、俺は半ば放心状態のまま、自転車のペダルをこいでいた。
おかげで危なく電信柱に衝突しそうになることが2回ほどあった。
キョン「・・・・」
キョン「・・・キス・・・されたな・・・」
あれが、俺が覚えている限りのファーストキスだ。まあ当然っちゃ当然だが。
キョン「・・・・」
キョン「・・・早く記憶取り戻さなきゃ・・・」
有希と、もっといっしょにいたい。もっと話したい。笑っているところが見てみたい。
今の俺は、それしか考えられなくなっている。
そのためには、早く失った記憶を取り戻さなくてはならない。
プルルルルルル…ピッ
長門「・・・・」
古泉「長門さん・・・ですか?」
長門「・・・なに?」
古泉「お伝えしたいことがあります」
長門「・・・・」
古泉「本日、過去最大規模の閉鎖空間が発生されました」
長門「・・・・」
長門「そう」
古泉「僕が何を言いたいのか、あなたならもうおわかりでしょう」
古泉「今回の事件、僕にはもうわかっています」
長門「・・・・」
古泉「このようなこと・・・あなた以外にできるはずがありませんからね」
長門「・・・・」
古泉「・・・あなたの気持ちもわかります。ですが今は・・・一時の感情に流されないように行動してください」
古泉「今ならまだ間に合います。それでは」
ピッ
長門「・・・・」
谷口「ようキョン。どうだ、一日経って記憶は戻ったか」
キョン「いや、それがまだなんだ。時々断片的には思い出すんだが・・・」
谷口「ほー。ま、おまえ記憶あってもなくても全然変わんねーからよ。別にどっちでもいいんじゃねーか」
妹と同じセリフ吐きやがって・・・
国木田「頭に強い衝撃を与えたら戻るんじゃない?」
谷口「お、それやるなら俺が手伝ってやるぞキョン。野球部からバット借りてきてやるよ」
キョン「だからそんなもんは迷信だって」
うん、これなら確かに谷口の言う通り、記憶があっても無くてもどっちでもいいような気がしないでもない。
しかし・・・やはりSOS団・・・いや、有希との今までの思い出だけは、どうしても思い出したいのだ。
チョイチョイ
キョン「ん・・・っとうわ!」
長門「・・・・」
頭の中にいた本人がそこに立っていた。
驚いた・・・気配を絶って接近するのがホントに上手いな、こいつは。
キョン「どうしたゆ・・・長門」
長門「・・・・」
長門「・・・・」
長門「・・・今日、SOS団の活動が終了した後」
長門「一度部室に戻ってきて」
キョン「?」
キョン「ああ・・・わかった」
長門「・・・・」
スタスタスタ…
行ってしまった。なんだったんだろう。
何か少し言い淀んでたように聞こえたけど・・・
でも、部活が終わった後にわざわざ? 今言えないような話でもあるんだろうか。
放課後になり、部活という名のダベリタイムをぐだぐだと過ごしているうちに、
すでに外はすっかり夕闇に覆われていた。
そして窓際のパイプ椅子に座っていた有希が膝の上でパタン、と読んでいた本を閉じた時、活動は終了し、俺たちは解散することになった。
みくる「キョン君・・・まだ思い出せそうにないですか?」
キョン「はあ・・・でも、時々少しずつ思い出したりもするんですよ」
ハルヒ「もう。だったらついでに全部思い出しなさいよ!」
有希と古泉は用事があるとかで別の道から帰り、朝比奈さん、ハルヒ、俺の3人は、いつも通り、あの坂を下って歩いていた。
ハルヒに一昨日のしおらしさはすっかりない。
うん、こいつはやっぱり元気なのが一番似合ってるよ。
ハルヒ「? キョン、どうしたの?」
キョン「あー・・・悪い。ちょっと教室に忘れものしちまったんだ。取りに行ってくるから先帰っててくれ」
ハルヒ「ちょ、ちょっとあんた一人で大丈夫なの!?」
キョン「ああ、もう道もバッチリ覚えたし平気だ。じゃあな」
そう言って二人に手を振ってから、早足で俺は今降りてきた坂を駆け上がった。
戻ってくると、部室のドアの下からわずかに明かりが漏れていること気が付いた。
どうやら有希がすでに戻ってきて待っているらしい。
また遅れちまったかな。
ガチャリ
キョン「よっ」
長門「・・・・」
キョン「また待たせちゃったか?」
長門「平気・・・」
長門「・・・・」
キョン「何か話でもあるのか?」
長門「・・・・」
長門「重要な話」
長門「私は・・・」
長門「あなたにまず、謝らなければいけない」
キョン「え?」
長門「ごめんなさい」
なんだ、いきなり? ごめんなさい・・・って、有希がなんか悪いことしたのか?
キョン「な、なんで謝る必要があるんだ?」
長門「私はあなたに嘘をついた」
キョン「え・・・嘘?」
長門「そう」
長門「記憶を無くす前のあなたと私は、付き合ってなどいなかった」
キョン「・・・・」
キョン「・・・え?」
キョン「・・・え、ってことは・・・」
長門「そう」
長門「あなたは私に恋愛感情など持ってはいなかった」
キョン「・・・・」
長門「私はあなたを騙した。本当にごめんなさい」
キョン「・・・でも・・・」
キョン「じゃあなんで、そんなこと・・・」
長門「・・・・」
長門「私の中に積もり積もったバグが、そうすることを余儀なくさせた」
バグ?
長門「私は・・・あなたといっしょにいたかった」
キョン「・・・・」
キョン「えーっと・・・」
キョン「・・・なんか俺、ちょっとまだよく状況を理解できてないんだけど・・・」
キョン「でも、あれだ。もし記憶を無くす前の俺が有希と付き合ってなかった、てのが本当だとしても」
キョン「今の俺は、おまえが大好きだ」
キョン「だから、謝ることなんかない。嘘でもなんでも関係ないさ」
キョン「これからも二人でいっしょにいよう」
長門「・・・・」
長門「それはできない」
キョン「え・・・ど、どうしてだ?」
長門「実は」
長門「あなたの記憶の消去を行ったのも、私」
キョン「は?」
長門「あなたといたかった。だから、そうした」
長門「ごめんなさい」
キョン「・・・・」
いやいやいや、ちょっと待て。
長門「そう」
え?
長門「私は人間ではない」
長門「情報統合思念体によって作られた、対人間用インターフェース。それが」
長門「わたし」
キョン「・・・・」
キョン「なんだ嘘か…!?有希が2人いる!?」
長門「そいつは偽物、私が本物」
キョン「なんだ偽物か」
長門「私はVUITTON、そいつはPRADA」
キョン「なんだブランドか」
キョン「う・・・・」
宇宙人・・・未来人・・・超能力者・・・
キョン「・・・あああ・・・」
長門・・・朝比奈さん・・・古泉・・・
ハルヒ・・・
キョン「・・・!!!」
長門「・・・思い出した?」
キョン「・・・・」
キョン「・・・ああ」
キョン「思い出した、全部」
自分のことも。SOS団のことも。朝比奈さんのことも。古泉のことも。ハルヒのことも。
そして・・・
おまえのことも。
長門「そう」
長門「・・・・」
長門「あなたはすごい」
キョン「え?」
長門「私が記憶を消去したにも関わらず、自力でそれを取り戻した」
長門「普通の人間にできることではない」
そう言われて、俺は思わず苦笑した。
キョン「いや、長門。そんなことないよ」
キョン「俺はごく普通の高校生だ」
俺の気のせいだったんだろうか。
長門「この四日間」
長門「あなたには本当に申し訳ないことをした」
長門「私の身勝手な行動に付き合わせてしまった」
長門「ごめんなさい」
キョン「・・・謝ることなんかない」
キョン「前にも言ったろ? 我慢なんかする必要ないんだ」
キョン「長門がやりたいと思ったら、好きにやればいい。俺はいくらでもそれに付き合うから」
キョン「それに・・・俺の方こそ、楽しかったしな」
長門「ありがとう」
長門「でも」
長門「私は、あなたからこの四日間の記憶を奪わなくてはならない」
キョン「えっ?」
長門「それは、規定事項」
キョン「ちょ、ちょっと待てよ」
長門「・・・・」
キョン「それを・・・その記憶まで消されたりしたら・・・また忘れちまうじゃないか。嫌だ。俺は・・・」
長門「ごめんなさい」
キョン「長門っ!!」
長門「・・・・」
長門は、ゆっくりとこちらに向かって手を伸ばした。
そして、何度も何度もピンチの場面で聞いた、あのへんてこなインチキ呪文を静かに唱えだしてていた。
長門「…」
ハルビン「チーカカツー…(許せない…)」
長門「…」
ハルビン「チェッ!(死ね!)」
キョン「・・・長門」
長門「・・・なに?」
キョン「・・・もう、どうしようもないなら、最後にこれだけは言っておく」
キョン「俺、長門が好きだ。ハルヒでも、朝比奈さんでもなく。おまえが好きだ」
キョン「多分、元に戻った俺はもう、そんなことは言わないと思う。でも・・・」
キョン「・・・俺はいつでも、おまえのことが好きだ。それだけは・・・」
キョン「忘れないでくれ。頼む・・・」
長門「・・・・」
長門「ありがとう」
長門「─────」
キョン「・・・・」
キョン「・・・・」
キョン「・・・!!? あ、あれ!?」
なんだ?
なんか今一瞬、意識が飛んでいたような気がする。
立ったまま寝てた?そんなまさか。
キョン「・・・って、なんだこれ、うわっ」
目を拭うと、なぜだか知らんが大量の涙がこぼれていた。
なんだよこれは。やっぱり寝てたのか?
キョン「あ、おい長門」
隣りで長門がこっちをじーっと見ている。
そうだ。俺は部活が終わった後に、長門に話があると言われてここに呼び出されたんだ。
キョン「なあ・・・俺、今一瞬もしかして寝てたか?」
長門「・・・寝てない」
キョン「だよな」
じゃあ、なんだったんだろう。あの不思議な感覚は。
随分長いこと夢を見ていたような気がする。
キョン「長門。今、いったい何があったかわかんないか? なんだかすごく不思議な感覚に襲われたんだが」
キョン「うーん・・・」
わからん。わからんが・・・
長門が何もないというなら、まあ、本当に何もなかったんだろう。
キョン「あ、それで長門。話たいことってのはなんだ?」
長門「・・・・」
長門「忘れた」
キョン「はあ?」
キョン「お、おい。ちょっと待てよ長門」
スタスタと部室から出ていく長門を慌てて追いかける。
長門が伝えたかったことを忘れただって? そんなことあるもんなんだろうか。
早足で廊下を行く長門の背がピタッと突然止まった。
前を見ると、古泉がいつものサワヤカ笑顔で立っていやがった。
古泉「おや、お二人とも今お帰りですか」
キョン「どうした」
長門「解除できない」
キョン「まじか」
長門「責任取って」
キョン「じゃあ…お前の…家で」
長門「ここで」
キョン「触るぞ…?」
長門「コクリ」
古泉「いえ、ちょっとした野暮用でしてね」
長門「古泉一樹」
古泉「なんでしょう?」
長門「あなたには迷惑をかけた。申し訳なかった」
古泉「ふふ。いいんですよ。気にしないでください」
古泉「今回の件は他言しません。恐らく、実情を知っているのは僕とあなただけでしょう。ですから誰にも咎められることはありませんよ」
長門「・・・・」
キョン「???」
なんのこっちゃ。
キョン「どうした」
長門「解除できない」
キョン「まじか」
長門「責任取って」
キョン「じゃあ…お前の…家で」
長門「ここで」
キョン「触るぞ…?」
長門「コクリ」
キョン「あ、おい古泉。おまえは帰らないのか」
古泉「いえ、僕がいたら邪魔になりそうなので、遠慮しておきます。今日は長門さんといっしょに帰ってあげてください」
キョン「? なんだあいつ」
わかっちゃいたけど変なヤツだな。
長門「・・・・」
長門「帰る」
キョン「ん。そうするか」
ヒョオオオオオ…
この時期になっても、夜はまだやはり寒い。
吐き出した息がかすかに白く淀んで、霧散しては消えていく。
キョン「・・・寒くないか? 長門」
長門「・・・寒い」
そりゃそうだ。そんな薄っぺらいカーディガン一枚じゃ寒いに決まってるぜ。
いくら宇宙人だからといって変な無茶するもんじゃないぞ。
バサッ
長門「?」
キョン「俺のジャケット、貸すよ。着て帰れ」
キョン「いいって。こういう時はな、男がちょっと無理してでも我慢するもんなんだ」
長門「・・・・」
・・・なんか俺、地味に恥ずかしいこと言ってるな。
長門「・・・ありがとう」
キョン「ん」
キョン「・・・じゃ、俺こっちだから」
長門「そう」
キョン「また明日、学校でな」
長門「あ・・・」
キョン「ん?」
長門「・・・明後日、土曜日。図書館に行くこと希望する」
キョン「へ?」
長門「あなたと」
なんだそりゃ。随分とまた突拍子がないな。
長門「ダメ?」
・・・そんなかわいい顔で言われて、俺が断れるはずないだろ。
キョン「いや、全然ダメじゃない。オーケーだ」
長門「そう」
キョン「明後日な。覚えておくよ。それじゃあな」
長門「・・・また」
長門「?」
キョン「明日は月曜日だぜ」
長門「あ」
完
キョン「・・・」
今のは・・・あれだったのかな。
もしかして、長門流のデートの申込みだったんだろうか。
だとしたら嬉しい限りだ。あいつも少しずつ、でも確実に、人間に近づいていってるんだな。
翌日。
ハルヒ「キョン!!」
キョン「なんだ。朝っぱらからやかましいな」
ハルヒ「あんた、どうなのよ。まだ治らないの!?」
キョン「あ? 何の話だ」
ハルヒ「え?」
キョン「あ、そうだハルヒ。春休みの合宿のことなんだけどよ。俺、やっぱ釣りがやりたいな。今度は釣りツアーなんてどうだ?」
ハルヒ「・・・・」
キョン「ん?」
ハルヒ「もしかして、治ったの・・・?」
キョン「だから、さっきからおまえは何言ってんだ。ていうかさ。今日って金曜日だったっけ?
俺よくわからんけど、火曜日の道具持ってきちまったよ。何か昨日からちょっと変なんだよな」
ハルヒ「・・・・」
バシイッ!
キョン「!!! 痛ってええええええ! いきなり何しやがんだこの馬鹿!!」
ハルヒ「馬鹿はどっちよ!! 治ったならすぐに電話しなさいよこの馬鹿! あんたね、あたしがどんだけ・・・!」
キョン「だから! 何の話だって聞いてんだよ! 痛っ! やめっ、やめろーー・・・・・!!!」
キョン「いきなり静かになったな……」
古泉「……すぅ、……すぅ」
キョン「マジで起きないなこいつ」
ベシッ
古泉「あうっ!?」
キョン「…………」
古泉「いっ、いきなり何すんの!!」
キョン「おはようさん、もう客人はお帰りになっちまったぞ」
古泉「誰か来てたの? 今何時……?」
キョン「えーとだな……涼宮ハルヒと、長門有希と……朝比奈さんだっけ」
古泉「長門さんが鍵の人だっけ、あぁもう! なんで起こしてくれなかったんだよ!」
キョン「起こしても起きなかったんだよ!」
古泉「嘘だッ!」
キョン「まあどっちにしろ涼宮ハルヒの前で鍵とか言うのはあまり良くないと思うぞ」
古泉「そうかな? 絶対なんか言った方が良いと思う」
キョン「どうかな……」
古泉「……5時か……、あーあ、……記憶……記憶……」
キョン「ハルヒが言ってたんだけどさ、明後日は俺達の部活についてまた教えてくれるらしい。その時また手掛かりがあるかも」
古泉「なんか実験椅子とかありそうで嫌だな」
キョン「いや、それは流石にないだろ……」
〜また中略〜
古泉「風呂入りたい!」
キョン「俺もそれには同意するが……いきなりでかい声出すなよ」
コンコン
古泉「どーぞ!」
キョン(不機嫌だな……)
長門「…………」
キョン「またあんた一人か?」
長門「そう」
古泉「長門さんか……」
長門「鍵……」
キョン「全然手掛かり無しだ」
長門「そう……」
キョン「……」
古泉「……えっと」
長門「…………古泉一樹、あなたは涼宮ハルヒの前では敬語を使って」
古泉「偉い人なんですか?」
長門「あなたの立場上はそうした方が良いというだけの話」
古泉「うーん……、なんか納得いかないけど、……解った」
長門「そうすれば起きる事が出来た」
古泉「え?」
長門「口調の相違は涼宮ハルヒの理想に反する」
古泉「もしかして理想の上で関係が成り立ってるの……?」
長門「そういうわけではない。それじゃ」
バタン
古泉「……記憶戻らなかったらどうなってるのかな」
キョン「そうだ、お前生活はどうよ?」
古泉「生活? 何も問題ないよ、なんで?」
キョン「そうか。いや、なんとなくだ」
古泉「看護婦さん、明日の昼帰らせて貰えるって言ってたね」
キョン「やっと帰れるな。にしてもお前と同室で良かったよ」
古泉「誰かが手を回したんだと思うけど……僕もキョンと話せて楽しかったよ」
キョン「ああ、そんな事全然考えてなかったぜ……、なんかどっかの超能力関係の機関とかが介入してたりしてな」
古泉「そんな非現実的な話があるもんか」
キョン「だよな……」
古泉「……ふぅ」
キョン「……
もうフリーダム投下させてもらうか
>>454
その後は相変わらず色々だべっただけで、しかし古泉はなんだか溜め息ばかりついていた。
検査の後はなんか不貞腐れてたし、色々嫌だったんだろう。こいつの性格じゃ無理も無さそうだ。
古泉の愚痴を適当に聞き流し、機嫌を直したり雑談したりしている内に時間は着々と過ぎていった。
俺が一番不安なのは記憶についてのことなんだが、古泉はあまりそうでもないらしい。
朝退院の準備をしている時の古泉はまるで檻から出た犬のようだった。
「本当、なんだかんだ言ってキョンのおかげで乗り切れたよ」
病院から出る事がそんなに嬉しいのか、と思わず突っ込みたくなるほど良い笑顔だ。
まあ俺も病院生活自体は勘弁して欲しいものだからな。
「そうだな、俺も結構楽しかったよ」
主にお前のテンション高い饒舌ぶりがな。
俺が色々思い返して笑いそうになる事も気付いておらず、古泉は、
「同じ部活だし、また学校で会おう」
やはり上機嫌だと笑顔が絶えないな、と俺に実感させた。
>>473
古泉の親戚とやらの車と俺の母の車はほぼ同時にやってきて、あっちが古泉を車に乗せて帰る間際、
窓から見えた古泉が手を振った姿が印象的だった。
俺の方はどうだったかというと、家に帰るまで母は無言だった。
てっきり叱られると思ったんだが、朝比奈さんと先に対談をしておいたらしい。
朝比奈さんにはちょっと申し訳ない気がするが、正直助かった。
しかし、俺達を轢いた張本人はどこだ……?
今まで姿を出していないって事は多分轢き逃げなんだろうな。くそ野郎め。
さて、怒っていてもしょうがないし、今日は風呂入ってさっさと明日の準備して寝るとしようかね。
早速だが翌日。教室に入った時初めて知ったんだが、なんとあの涼宮ハルヒは俺の後ろの席だったらしい。
「おかえり、キョン」
その挨拶はなんかおかしいと思うが。
涼宮からの労わりの言葉に感謝の言葉を返したり病院での話をする事で
休み時間は丁度よく潰れ、暇を持て余す事なく放課後になった。
授業中寝るのはやはり喪失前も今も変わっていないらしい。
変わった事といえばSOS団とやらのメンバーを忘れてしまっただけらしいしな。
涼宮にまず連れて行かれた所は9組の教室だった。
古泉は涼宮に呼ばれても疑問符を浮かべるだけだったが、
俺が声をかけると納得した表情で教室から出てきてくれた。そういやこいつはハルヒを見てなかったな。
しかしカチューシャのリボンが二つって事を知っていたという事は……、
思い出せる可能性は皆無じゃないんだろうしな、しかし鍵ってのが未だに意味が解らないし見つからない。
長門と俺と古泉だけで話せる機会があったら絶賛問い質しパーティーを開かせて頂きたいね。
部室に着いた途端、涼宮は閉じているドアをバシッと叩き大声を上げた。
「キョン、古泉君! ここがSOS団よ! 活動内容は覚えてる?」
長門が言ってたな、宇宙人に超能力者に……未来人と異世界人だっけ?
「と、遊ぶこと! 良いわね、休日には不思議探しとして市内探索を行うわ!」
やけに張り切って喋っていた涼宮だったが、ふと表情が不安そうなものに変わった。
「二人とも、体は大丈夫?」
そうか、明日は休みだったな。俺達はもう休みに休んだわけだが、
まあSOS団について知れる所まで知っておいた方が良いだろう。
「俺は良いけど……」
しかし古泉がだんまりだな。涼宮とは一応初対面と思っているんだろう、緊張しているのかもしれない。
「古泉、お前は大丈夫か?」
「えっ? あー、えーと、あっ! ええ、大丈夫です」
……そういや古泉は長門に敬語を使えと言われていたんだったな。
涼宮は敬語である事に特に違和感も感じていない様子だったので、
もしかしたらこいつは元々敬語キャラだったのかもしれん。
「じゃ決定ね! いい? 遅刻しちゃ駄目よ? 午前10時に集合だから」
結構早い時間なんだな。勿論学校には及ばないが。
俺と古泉は適当にはいはい返事をして、やっとの事で部室に入れてもらった。が。
そこにはメイド姿で靴を履き替えている朝比奈さんが居た。
何だこれは。何故こんな辺境の学校に美少女メイドが居るんだ。
「みくるちゃんにはメイド服を着るように言ってあるのよ」
下の名前はみくるだったか。朝比奈さんの上履きが赤かった事により
やっとその人が二年生という事を知った。まさか上級生だとは……。
……部室の隅では長門が俺達を見向きもせず、広辞苑並に分厚い本を高速で読んでいた。
とことん変な部活だな、ここは。……不思議探し、ねえ。
「あっ、キョンくん、古泉くん、あの……これ」
声を上げたのは朝比奈さんだった。なんかの箱を鞄から取り出し、
俺達二人に手渡して深々とお辞儀をした。
「このぐらいで謝罪出来るとは思えないけど、でもこのぐらいしか出来なくて……ごめんなさい」
中に何が入っているかは解らないが、謝罪の品物だろう。
「気にしないでくださいよ、俺はピンピンしてるんですし」
古泉と俺は朝比奈さんに意地でも悪気を感じさせないようにフォローを入れまくり、
涼宮も「気にしないこと! 団長命令よ!」とか、団長の特権らしきものを発揮してくれた。
その内、この前からあまり表情が無かった朝比奈さんにチューリップのような笑顔が咲く。
うん、やはり美少女には笑顔が似合うな。
「ところでキョン、古泉君。記憶喪失ってどこまで忘れたの?」
ここで涼宮の話題転換だ。俺としちゃ何かを忘れたという意識すらあまりないんだが。
ん? 今まで俺は帰宅部じゃなかったか……?
なんとなく部室を見渡すと、目に入ったのは黒板に貼り付けてある写真だった。
近寄って見てみると、古泉と俺が海でツーショットで写っている写真、
同じ時に撮ったと思わしき、長門、涼宮、朝比奈さん、古泉が全員水着で写っている写真。
……どうやら本当に俺達はこの部の部員だったらしい。
帰宅部だったと思った。そんな事を話したらおかしい奴と思われるか。
俺はその辺りは暈して、だがSOS団の事だけを忘れているようだ、という事は伝えた。
携帯になる
進行速度遅すぎですまん
あと寝たらすまん
速度は昨日並と見ててくれ
「三」 古泉友情ルート
>>282
とりあえず手紙の受取人が何らかの鍵となるだろうことは間違いないという結論を見て、その突発的な会合は散会となった。
帰る道すがら、俺は今日のことを振り返ってみる。
不思議と記憶がなくなったことに対しての恐怖というものはなかった。
これは俺の実感でしかないが、怖さも何もないのは恐怖を感じるほどの情報を持っていないからこそだろう。
恐らく俺よりもその周囲の方が不安に思っているだろうし、心配してくれているのだと思う。
涼宮、朝比奈さん、長門、そして古泉。
みんなの顔が次々と浮かぶ。
記憶喪失の鍵となる手紙の受取人は、この中にいるんだろうか。
気がつけば俺は門扉の前に立ち止まってそんなことを悶々と考えていた。
翌日の朝がきた。
学校に行くか病院へ行くか問われて、俺は迷わず学校を選んだ。
昨日病院では「脳に異常はない」という診断を受けている。
記憶障害については一時的なものだろうと言われていた。
そのうえで病院に行く必要は、もうないだろう。
おざなりにネクタイを締めたあとに玄関で靴を履き、ドアを開ける。
学校への道筋は、昨日病院から帰る道すがら涼宮がしつこいくらいに道筋を繰り返していたからな。大丈夫だろう。
鳥の鳴き声を聞きながら道筋を辿るうち、長い坂道が見えて来た。
ここを登れば北高だ。
これは涼宮に感謝しなくちゃいかんな。
そう思って、俺は長い坂を見上げた。
記憶喪失二日目。
一日が始まろうとしている。
昼休みになった。
とりあえず記憶喪失であるということはごく身近な友人にだけ伝えておくことにした。
それでも学校生活は問題なく進むだろうという涼宮の案だ。
不思議なもので学校で勉強したことなんかはちゃんと覚えている。
誰に教わったとかは忘れていても、教わった内容は覚えているから授業にも困らなかった。
谷口と国木田というクラスメイトと昼食を摂り終えた俺は、ぶらぶらと校舎内をさまようことにした。
あてもなく歩いていくうち、自然と足は昨日俺が足を滑らせたという旧校舎の階段に来ていた。
「……古泉」
そこに立っていたのは古泉だった。
昼休みの部室棟は静かなもので、ただうららかに鳥の鳴き声が聞こえている。
「あなたでしたか。どうしました?めずらしいですね」
俺の存在に気付いたらしい古泉は、そんなことを言いながらその顔にいつも通りの微笑みを浮かべた。
……いつも通りというのは妙かもしれないな。
何せ俺には昨日からの記憶しかないのだ。
「散歩だよ。腹ごなしのな」
そう言うと、古泉はその微笑みを笑みに変えて頷いた。
「なるほど。そうでしたか」
お前は何でここにいる?
「僕の方も……そうですね。散歩です」
そうか。
「ええ。実は昨晩小規模ではありますが例のあれが発生しましてね……と、失礼。例のあれというのは閉鎖空間と呼ばれるものです。昨晩僕が一般でいう超能力を有しているということはお話しましたね。閉鎖空間とはその超能力を発揮することが出来る空間を意味しています」
古泉は俺の返事には頓着しないような長台詞を滔々と喋り出した。
「この閉鎖空間というのが、涼宮さんの有する能力に大きく関与しています。……そうですね、ものはついでです。部室の方で具体的にお話しましょうか」
そう言うと、古泉は腕に嵌めている時計に目をやり、「時間はまだあります」と付け足した。
それに頷きで返す。
……俺が今持っている情報というやつは皆無に等しい。
かなり胡散臭くはあるのだが、こいつの話に耳を傾けても損はないだろう。
「分かりました。では、部室の方へ」
先導を取るように古泉は階段を昇り始めた。
>>533
「どうぞ。座ってください」
部室の扉を開くと、そこには当たり前のようにというべきか長門の姿があった。
窓際にあるパイプ椅子に腰掛けて膝の上に広げ本を読んでいた長門は、こちらを一度見上げると、そのまままた紙面へと目線を戻している。
古泉はというと、「どうも長門さんこんにちは」なんて挨拶の言葉をかけ、自分は椅子に座らずに俺にそれをすすめた。
「お茶でも飲みましょうか」
「ああ、そうだな。すまん」
古いパイプ椅子に座ると、ギシリという音がした。
「…………」
「……どうかしたか?」
一度俺の方を見た古泉の表情が気になって、俺は再び茶の用意をし始めた。
「いえ、何でもありませんよ」
古泉は穏やかにそう言うと、それぞれの湯飲みに茶を注いだ。
>>536下部を訂正
「……どうかしたか?」
一度俺の方を見た古泉の表情が気になって、俺は再び茶の用意をし始めた古泉の背中に言葉を投げた。
「いえ、何でもありませんよ」
古泉は穏やかにそう言うと、それぞれの湯飲みに茶を注いだ。
ごめんね(´・ω・`)
「どうぞ」
長門と俺にそう言って茶を渡すと、古泉もまた椅子に腰をかけた。
「それでは、先程の続きを」
「ああ」
「どこまでお話しましたか?……ああ、閉鎖空間と彼女の能力についてでしたね」
そうだ。
俺は古泉のいれてくれた茶に口をつける。
味に関しては分からんが昼食後にはちょうどいい。
ふう、と一息をつくと、それをきっかけにしたように古泉が口を開いた。
「涼宮さんは世界を左右する強大な力を有している。昨晩そう説明しましたね。まさしく閉鎖空間こそが、彼女の持つ能力の一端にあるんです」
……どういう意味だ。
「つまり涼宮さんこそが件の閉鎖空間を生み出している……ということです」
なるほどな。
「閉鎖空間において彼女は鬱憤や不満を解消します。<神人>と僕達が呼んでいる巨人に街を破壊させるという手段を用いて。あなたも以前訪れたことがあるんですよ。一度は僕と。そしてもう一度は涼宮さんとです」
そう言われて頭の中を探ってみるが、めぼしい心当たりはないといって等しい。
俺は古泉の微笑みをぼんやりと眺めた。
「それで、……それが昨夜も出現したってわけか」
改めて見てみると、古泉は少し疲労の溜まったような顔色をしていた。
「ええ。恐らくはあなたの記憶が失われたことが原因と思われます」
浮かべていた微笑みを打ち消し、古泉はやや固い声でそう言った。
「あなたの記憶が失われたことで彼女は随分と動揺したようです。これは僕の憶測なのですが、これからあなたの記憶が戻るまで閉鎖空間は発生し続けるでしょう」
これに俺は沈黙で答えた。
信じるか信じないかはまた別の問題として、古泉の言葉は暗に早く記憶を戻してもらわないと困ると言っていたからだ。
「……失礼。責めているわけではありません。あなたの置かれた境遇はきちんと理解しているつもりです」
そうか。
俺はまた茶を啜ると、溜息をついた。
涼宮ハルヒの持つ能力、そこに集う超能力者、未来人、そして宇宙人。
俺はどこまでそれを受け入れていたんだ。
「俺が悩んでいたと言ったな」
「長門さんの言葉を借りるなら、あなたはとても不安定な精神状態にいたようですね」
「古泉、お前は何で悩んでいたと思う」
「そうですね……」
考えを巡らせるように古泉は目を伏せた。
その場に沈黙が落ちる。
長門がページをめくる静かな音が、控え目に室内に響いた。
「僕の方に心当たりはありません。最も無難な線でいくのなら、涼宮さんの言動について悩んでいたというのが挙げられますが、それも今更でしょう」
古泉はそう言って窓の外に目を遣る。
「僕の方も、最近忙しくしていましてね。あなたのことに気を配る余裕がなかったのかも知れません。今となってはそのことが悔やまれますが……」
言葉を濁し、古泉は俺を見た。
「ところで、例の手紙を見せていただけませんか?」
口元に申し訳程度の微笑みを浮かべた古泉がそう言うのを聞いて、俺は一つ頷いた。
制服の内ポケットにしまってある手紙を取り出し、目の前に座っている古泉に手渡す。
「ありがとうございます」
手紙を受け取った古泉は、礼を言ったかと思うとその小さな紙切れを子細に見始めた。
「なるほど……確かにあなたの筆跡ですね。まず間違いなくあなたが書いたものでしょう」
紙切れをひっくり返し、裏に何も書かれていないことを確認している古泉を見ながら俺は頷いて口を開く。
「この手紙が誰に宛てられたものかさえ分かればいいんだがな」
「文面から判断すると親しい相手に宛てられたというのが分かりますね。あなたの対応から見てこの手紙を受け取るのが朝比奈さんでないことも分かります」
何でそう言える。
「記憶を失う前のあなたも、常に朝比奈さんに対して敬語を用いていたからです。僕の知るかぎりではありますが、この文面にあるような口調で話していた記憶はありません。ですから朝比奈さんは除外してもいいと言えるでしょう」
なるほどな。
「けれど僕の考えが及ぶのもそこまでです。そもそもこの手紙の相手がSOS団に所属している人間とは限らないということを鑑みても、正解を引き当てることは困難であると言えるでしょうね」
古泉はそんな風に見解を締め括り、
「そろそろ時間のようです。戻りましょうか」
壁にかけてある時計を見ると、予鈴まで後少しもなかった。
俺は頷いて立ち上がる。
「湯飲みに関しては僕が洗っておきましょう」
手伝うかと尋ねると、大丈夫ですよと答えられた。
ここは素直に従っておくことにする。
「何か困ったことがあれば言ってください。僕に出来ることは限られてはいますが、その範囲内でしたら何を差し置いても力になりますよ」
部屋を出る間際、古泉がそう言った。
振り返る。
古泉はこっちを見ることなく、湯飲みを重ねているところだった。
「……古泉」
茶うまかったぞ、何となくそう礼を言いかけたとき、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
タイミングを逃した俺はそのまま口をつぐみ溜息をつく。
「また後でな」
それだけを言って、俺は部室を後にした。
放課後。
「あんたの記憶が戻りそうな方法見つけ出してくるわ!」
と授業が終わるなり走って行ってしまった涼宮に何やら悪いことが起こりそうな予感を感じながら、俺はとりあえず部室へと向かった。
家に帰ったってよかったんだが、なぜか足がそっちに向いちまった。
身についていた習慣というやつだろうか。
自分が転げ落ちた階段を通りすぎ部室のドアを開けると、そこにはまだ誰の姿もなかった。
いつだって誰かがいるようなイメージが無意識のうちにあったのか、誰もいない部室というのは妙に寒々しい。
とはいえ帰る気にもなれず、部屋へと足を踏み入れた。
と、机の上に何やら走り書いた跡のあるルーズリーフが置いてあるのが目に入った。
そこには体調不良の為今日は早退する旨が書き込まれていた。
署名は古泉となっている。
案外雑な字で書かれたそれを繰り返し二度読んで、俺はその紙片を元通り机に置いた。
その時、特に何を思うわけでもない一瞬の思考の空白を縫うように、唐突に携帯が震え出した。
ポケットからそれを取り出して携帯を開くと、そこにはメモリに登録されていないらしい番号が並んでいる。
訝りながら通話ボタンを押し、耳に当てると、静かな女性の声が聞こえた。
「突然失礼します。今すぐに校門まで来ていただけますか」
「……誰ですか」
「森です。……と言っても今のあなたはご存知ではないでしょう。そうですね、古泉の同僚……とでもいいましょうか」
なるほど、確かに話す雰囲気にさえ古泉と似たものを感じるな。
それは口に出さず、俺は今すぐに校門に向かわなければならない理由を尋ねた。
「それをお話している時間が惜しいのですが、手短に言うと古泉を含めた同僚達の危機だからです」
危機?
そう尋ね返すと、ちっとも危機を感じさせない声がそれを肯定した。
「……分かりました」
危機と言われればしょうがない。
俺がそこに行くことに何の意味があるのかは分からんが、とりあえず相手から火急で必要とされているのだ。断る理由もない。
「助かります。それでは、お待ちしております」
その言葉を最後に電話は切れた。
携帯をポケットに押し込みながら、来たばかりの部室を後にする。
古泉を始めとする同僚達の危機、という言葉がやけに頭を回った。
昼間聞いた話じゃ、閉鎖空間とやらで<神人>と呼ばれるものの存在を相手にしているそうだが、その関係なんだろうか。
危機。
穏やかな古泉の微笑みには無縁そうな言葉にも思えるその単語は、だからだろうかあまりうまくイメージすることが出来なかった。
「お待ちしておりました。さあ、こちらへ」
そう言ったのは、はっとするほど美人な女性だった。
女性が乗ってきたのだろう黒塗りのタクシーは校門脇の目立たない位置にひっそりと停まっている。
車に乗り込むと白髪の老紳士が運転席から頭を下げた。
隣に座る年齢不詳な女性と俺が顔見知りであったらしいように、この老紳士とも俺は知り合いだったのだろうか。
「新川。急いでください」
凛とした声が鋭く指示を飛ばした。
新川と呼ばれた老紳士は頷き、見掛けによらないハンドル捌きで車を発進させる。
「……危機っていったい何なんですか」
軽やかな走行音だけが響く車内で、そう聞くことが出来たのは国道に出てしばらくしてからだった。
「そうですね。お話しておく必要があるでしょう。古泉はどこまで話しましたか?」
俺は昼間古泉から聞いた話をかい摘まんで説明した。
「古泉が話した通り、我々は閉鎖空間を処理することを役割の一つとして捉えています。通常閉鎖空間というものは、そこに発生する<神人>を撃墜することにより消滅します。
撃墜は予定調和なものでそう難しいことではありません。ですから閉鎖空間もそこ数時間のうちに解消されるのが常です」
森さんはまっすぐに進路を見つめたまま、
「しかし今回発生した閉鎖空間は、すでに120時間を経過してもそこにあり続けています。我々の総力をもってしても撃墜することの出来ない<神人>。今までにこのような現象は起こりませんでしたから、当然我々は戸惑いました」
新川さんの運転は止まることを知らないようだった。
事実今までに一度も赤信号に引っ掛かったということがない。
俺は森さんの話を聞いて、ようやくこの車がどこへ向かっているのか分かった。
「お恥ずかしい限りですが、我々の力ではこれ以上どうすることも出来ません」
「それで、俺を呼んだんですか」
その通りですと森さんは頷き、うっすらとした微笑を俺に向けた。
「この事態を切り抜けるためには、あなたの力が必要だという結論を『機関』は選択しました」
ちょうどそのとき車が失速しはじめ、静かに停まった。
目的地についたようだ。
そこは隣町の中枢にあるファーストフード店の駐車場だった。
意外なところが目的地だったことに少し驚く。
促されて車を降りると、車の反対側から回ってきた森さんがそっと俺の手を取った。
こんなときに何だが、そのやわらかな感触に心拍数が上がるのが分かる。
「目を閉じていてください」
言われるままに目を閉じる。
そのまま、森さんは俺の手を引いて数歩足を進めた。
いったいこれにどんな意味があるんだ?
そう思うころ、森さんの声が目を開けるよう教えてくれた。
目を開けると、そこは一面の灰色だった。
車を降りたときに感じた賑やかな雑踏の音も、行き交う人の群れもない。
晴れていた空は急激な雨雲に覆われたように濃い灰色に染まっていたが、おかしいのはそこに雲らしきものが見当たらないことだった。
ただのっぺりとした灰色だけが広がっている。
そしてその空を背景に、巨大なコバルトブルーの怪物が今まさに腕をビルへと叩き付けていた。
「これが、閉鎖空間です」
あまりのことに呆然としていた俺を我にかえらせたのは、隣から聞こえた森さんの声だった。
背後にはまるで執事のように新川さんが控えている。
「そしてあれが<神人>と呼ばれている存在です」
ビルが轟音をたてて崩れ落ち、いとも簡単に粉砕されていく。
それにさえ顔色一つ変えず、森さんは静かな目で青く発光する怪物を見つめていた。
「行きましょう」
ついてきてください、と森さんが言った。
<神人>との距離はおよそ1キロほどだろうか。
なのにも関わらずまるでそんなものは存在しないかのように森さんは近くのビルへと足を向けた。
ただここに突っ立っているわけにもいかず、とりあえずその後を追う。
無言のままビルを最上階まで昇り屋上に出ると、そこにはいっそ圧巻としか言いようのない光景が広がっていた。
何だ、これは。
映画か何かの撮影だって言われた方がまだ信じられるぞ。
見渡すかぎりのあらゆる色はグレースケールで置き換えられたようになっていた。
例外はただ三つだけだ。
俺達とそしてあの巨人、それから、その巨人の周囲を忙しく飛び回る赤い何か。
その赤い物体は何の事情も分からない俺から見ても劣勢だった。
さっきから巨人の攻撃を辛くも避けてはいるが、避けきれなくなるだろうことはその動きが鈍くなってきていることで分かる。
一度、二度、三度。
避けきれたと思った三度目で巨人の腕に弾かれたらしい。
赤い物体は半ば吹き飛ばされるような形でこの屋上の上に降り立った。
「もう無駄なことはおやめなさい」
隣に立った森さんが、まっすぐに巨人を見据えたまま静かに言った。
「無駄かどうかはやってみなければ分かりませんよ」
若干痛みを堪えるような苦しげな声ではあるが、森さんの冷ややかな勧告に抗ったのは制服姿の古泉一樹だった。
「それより森さん、随分手荒ではありませんか?僕は彼を巻き込まないでほしいと言ったはずです」
「こうするより他ないということをあなたももう知っているはずよ」
そこで初めて森さんは自分の後方に立っている古泉へと僅かに振り向いて見せ、その目線を流した。
「それが『機関』の選択ですか」
「そう。上は彼女が彼を殺すことは出来ないという判断を下したわ」
「新川さんもそれに納得を?」
やや詰るような口調で古泉に問われた新川さんは沈黙を答えとしたようだった。
「……ふざけないでください。彼を何だと思っているんですか」
古泉の憤った声が静まり返った閉鎖空間に響く。
「現状維持が私達の望みよ」
「彼はその内に入っていないと?」
森さんは答えなかった。
古泉から<神人>へと視線を移して唇を引き結ぶのみだ。
その場に訪れた一瞬の沈黙の後、一番最初に口を開いたのは古泉だった。
「離れてください!森さんはあなたをあの<神人>と接触させるつもりです!」
「……新川、おさえて」
低く森さんの指示が飛ぶのと同時に、新川さんが古泉を捕らえる。
その古泉の言葉で、俺は今までの「彼」という代名詞すべてが自分を指すのだということに気付いた。
そして「彼女」が涼宮を指すのだということも。
「森さん、いったいどういう意味ですか」
くそっ。まったくもって何で記憶を失っているときに限ってこういう事態に遭遇しちまうんだか。
今の俺にはこの人達を判断する材料がない。
敵なのか味方なのかさえはっきりしない相手についてきたのは失策だったと、俺は本気で後悔していた。
あの時、せめて俺は古泉本人に確認を取ろうとすればよかったのかもしれないな。
この閉鎖空間で携帯の電波が通じるかどうかは、はなはだ疑問じゃあるのだが。
「さっきお話した通りです。……この閉鎖空間は発生して120時間以上が経過しています。このままこの空間がここへ定着してしまうことは、我々が何よりも避けたい現象です。
……けれど今現在この閉鎖空間における<神人>は、涼宮ハルヒさんの精神と、通常の<神人>よりも強く結び付いてしまっています」
森さんは俺の方を見ると、さっき車の中で見せたような淡い微笑みを浮かべた。
「これがなぜ起こっているのか、なぜ特定の閉鎖空間のみに優位性が現れたのか、その具体的な原因は我々には分かりません。それはそこにいる古泉も同じでした」
激しい音を立てて、また一つビルが崩壊する。
すでに<神人>の近くで残っているのはこのビルだけになってしまった。
後はすべて瓦礫と化している。
「『機関』はこの<神人>とあなたを接触させることで、何らかの現状打破が可能であると判断しました。……私達か望むのは平穏な日常の維持です。ご理解いただけますね」
音もなく<神人>がこちらに向かってくるのが分かった。
まったく……考える暇さえ与えちゃくれないとはね。
俺は完璧な微笑みを浮かべる森さんの顔を見て、それから未だ新川さんに取り押さえられている古泉の方を見た。
その古泉が俺の名前を呼ぶ。
「何が起こるか分かりません、止めてください!」
そう言うがな、古泉。
現実にはそう選択肢を選べるような状況じゃなさそうだぞ。
お前が俺を気遣ってくれるのはよく分かるし、ありがたいと思ってるさ。
けどな、俺だってお前ばかり苦労をしているのを見ながら、見て見ぬ振りが出来るような人間じゃない。
前を向き、溜息をついた。
正面の位置にいる<神人>はまっすぐに俺を目指しているようだ。
あながち『機関』とやらの判断も間違っちゃいないのかもしれんな。
「森さん」
「……はい」
「死んだら恨みますからね」
前に一歩足を進めた。
<神人>との距離はもう目と鼻の先だ。
その<神人>が、ぬぅっとした動きでこっちに手を伸ばすのが分かった。
その手だけで俺を叩き潰せそうな大きさだ。
なんてこったい。
やっぱり止めておけばよかったんじゃないか?
そうもう一人の自分が心の中で囁くのを聞いたとき、<神人>の手は俺の全天を覆い、
…………そして俺の意識はそこで途切れた。
夢を見ていたような気がする。
何か途方もない夢だ。
徐々に覚醒する意識の中、俺はうっすらと目を開けた。
ぼんやりとした視界に写る天井を眺める。
見覚えはない。
……いや、あるな。
この白い天井と白い壁紙はいつぞや俺が世話になった病室のものだ。
なら、付添人として隣にいるのはもちろん、
「おはようございます」
やっぱり古泉か。
「すみません。今回はこのような事態になってしまいまして」
あーあーいいよ。
こうして生きてるんだしな。
それにお前が望んだわけじゃないだろ。
「僕としてはあなたを巻き込みたくなかった。これは僕達に与えられた課題ですし、何よりあなたは記憶を失っていました」
記憶。そういやそうだったな。
そんなことを考えながら古泉の顔を見る。
おい古泉、何て顔してやがる。
いつもの嫌味なくらいの微笑みはどうした。
「こんなときにまで笑えるほど、僕は出来た人間じゃありません。これでも結構ショックを受けているんですよ」
そう言って、古泉は淡い自嘲を浮かべて見せた。
「結果から申し上げますと、あなたが接触した<神人>を含めた閉鎖空間は、あなたが接触した瞬間から収束を始め、今現在はすべて消滅しています。
もちろんあなた自身にも何ら後遺症的な症状や外傷は残っていません」
『機関』の判断は正しかったというわけか。
「そういうことになりますね」
古泉は疲労も隠さずに溜息をついた。
「古泉」
はい、何でしょう。
と律義な返事を返す古泉に、俺は労いの笑みを向けた。
「お疲れさん。『機関』に礼を言うのは癪だからお前に言わせてもらうよ。……ありがとな」
その時の古泉の表情はどう言えばいいか分からないな。
とにかくまあ普段のやつらしからぬ表情だったとだけ言っておこう。
こんな風に、俺の記憶喪失の騒動は幕を降ろした。
そう。
目が覚めたときすでに俺は記憶を取り戻していた。
後日古泉とその話になったときにやつが言った言葉は、
「恐らく階段から落ちて受けた衝撃に似たダメージをあの<神人>と対峙したときに受けたのでしょう。それで記憶が元に戻ったのだと思われます」
というものだった。
まあなんだ、つまり不安定な状態だったことと記憶がなくなっちまったことに関係はなかったということになる。
更に言うならばあの紙切れは、SOS団員宛ではないかもしれないという古泉の危惧通りだった。
あれは谷口に出す予定のものだったのだ。
それも実にくだらん理由でな。
にもかかわらずあんな人騒がせなことになってしまったのもあって、実はまだこのことは誰にも言わずにいる。
終わりよければすべてよしと言ったもので、あれから一週間経った今ではまああれはあれで悪くなかったんじゃないかとさえ思えてくる。
もちろん死ぬような目に遭うのは今後も一切御免被りたいが、少しくらいのスリルはあってもいいんじゃないかと思うのだった。
待たせて申し訳なかった
支援、保守してくれた人、徹夜に付き合ってくれた人本当にどうもありがとう!
スレ占領本当にすまない



















